The Black Ink Angel

 ※この物語はフィクションです。一部実在の企業名が出ていますが、現代より遠く離れた新光歴での物語であり、現在のそれとは全く関係ありません。なおこの物語はセガのファンタシースターオンライン2の二次創作小説でもあり、関連する名称や人物の権利はSEGAに帰属するものとなります。更に作中に登場する消しゴムMONO、油性ペンマッキーはトンボ鉛筆株式会社及びZEBRA株式会社の登録商標です。
 
 新光歴XXX年、外宇宙探索を目的とし悠久の時を航行に費やす惑星間航行船団オラクル。
 高度な情報処理装置と惑星知性体によって構成されたコズミックネットワークにより、情報の世界はまさに宇宙の如き広大さと複雑性を持ち、人は全知へとも至らんとばかりの情報処理能力を得た。
 だが急激な変化は残酷な犠牲を生む。情報ネットワークの発展とともに文房具業界は衰退の一途をたどり、多くの会社が倒産しては統合され、業界は急速な再編成を強いられることとなった。そしてこのオラクルには時代に適応することの出来た、ほんの僅かな文房具メーカーしか残されてはいない。文房具事業は縮小したが、彼らは人体を文房具に改造することで、極めて性能の高いアークスを作り出すことに成功した。
 それが『Humanoid Battle Stationery』、人型戦闘用文房具である。
 肉体をある種の機械に置き換えた彼らは広義でのキャストとされ、その高い能力はアークスにとって極めて有用であった。一時は油性ペン型HBSマッキーの開発者であるドクターペンシルが画策した『油性危機』によってHBSの発展は危ぶまれたが、ZEBRAがトンボ鉛筆グループに入ってからの企業努力により、業界は健全な状態を取り戻した。
 しかし、まだ消し忘れがあることに誰も気がついていない。

 上から塗りつぶしても、そこに書かれた線は消えないのだ。

 アークスシップ「ノート」、第3居住区。そこはアークス内の企業のビルが密集するオフィス街である。
 その企業は業種を問わず、アークス向けの情報端末のメーカーや、武器装備の販売業者など多岐にわたる。
 そんなオフィス街にはビジネスマン向けの会合の場所として、あるいは多忙なビジネスマン向けの宿泊施設として豪勢なホテルが存在する。そのホテルのフロア30には貸会議室があり、そこを企業が借りて会合の場所として利用している。
 ホテルのロータリーに一台の車が停まった。その車のドアが自動で開き、中から初老の男性が姿を表した。今どきのアークス市民としては珍しく、クラシカルなスーツを着ている。男はホテルマンに案内され、取引先の待つフロア30へと向かった。
 エレベーターがフロア30へ到着する。出迎えたのは白い女性形キャスト。そのキャストは”平和な市街地”に見合わず、アサルトライフルを所持していた。装填されているのは対ダーカー用のフォトン弾丸ではなく、対人対物のネオアイアン合金製の弾丸だ。それが意味するのはダーカーではなくアークスの襲撃が予期されているからに他ならない。
「ランスロット様、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
 男の名前はランスロットという。彼はそのまま案内され、フロア30の第3会議室へと入室した。待ち受けていたのは白衣の男だった。
「お待ちしておりました。ぺんてる宇宙公社代表、ランスロット様」
「これはこれはお会いできて光栄です。アークス本部アークス資材部のローリー様」
 二人はまず、ビジネスマンらしく握手をした。
「先日のヴォイド解散は大変でしたね。よくぞご無事でした」
「なあに、一介の特権研究者がそこら中の部署に転勤になっただけです。資材部では今でもメイト系の研究は続いておりますし、依然として高い権限を持っていることには変わりません」
 このローリーという男は元ヴォイドの研究者である。およそ1年前にあるアークスが研究部”ヴォイド”の代表であり実質的なオラクルのトップであるルーサー氏を抹殺してからヴォイドは解散となり、研究者たちはアークスの各部署へと転属となった。
 しかしそれは、新たな腐敗の温床となってしまったのだ。
「さて本題に入りましょう。単刀直入に申し上げますと、そちらの部署で使われている端末操作用タッチペンの仕入れを、我が社に依頼して欲しいのです。見返りとしてこれだけの額を用意しております」
 ランスロットは情報端末の画面をローリーに向けた。そこに表示されているのはおよそ100ギガメセタ。一般的なアークスが一生に稼ぐことの出来るメセタとほぼ同額のものだった。
「なるほど、誠意は確かなものだ」
「いかがでしょうか?」
「いいでしょう。今年の会議でタッチペンの入れ替えを提案します。ご安心ください、資材部は実質的に私がトップですので、この案が通らないという事はないでしょう」
 そう、腐敗とはつまりこの賄賂である。生存競争にやっ気になった文房具業界は、ヴォイド崩壊によって地位が低下した研究者と利害が一致し、腐敗に腐敗を重ねているのだ。
 この腐ったビジネスマン達は不敵な笑みを浮かべながら、お互いの野望を実現しようとしている。
「さあ、鬼のいぬ間に解散しましょうローリー様。最近は我々のような弱き者を仕留めるという自警市民が居るそうです」
「自警市民?」
「なんでもアークスに正規に登録されていない奴だそうで、一般アークスで許可されていないアークス市民の殺害の禁止を守らない、私刑執行人なんだとか」
「ああ恐ろしい。誰でしょうかね、そんなことをする不届き者は――」

「私よ」

 その刹那、会議室のガラスが割れ散り、外から黒い影が飛び込んできた。
 全身が艶めく黒に覆われた女性キャスト。両手に握られているのは同じくペン先を模したワイヤードランス『ニブランス』。ローリーのSPは即座に反応し、彼の盾となりながら脱出する。だがランスロットのSPはガンスラッシュを装備し、黒いキャストに向かって銃弾を放った。だがニブランスによってガードされてしまう。
「ジャストガードか。ならばっ」
 SPがガンスラッシュのモードをセイバーモードに変更し、ガードの難しい近接攻撃を試みる。だが彼女はその隙を見逃さなかった。ニブランスをSPに向かって射出し、その鋭いペン先をSPの体に深々と突き刺す。そしてニブランスを自分の手元へと引き戻し、勢いを殺さぬままSPをビルの外へと放り投げた。
 もう一人のSPはロッドを持っていた。彼はテクニックをチャージし、ガードの不可能な座標指定テクニック『ラ・フォイエ』を発動する。だが黒い彼女はその爆発する座標から即座に退避し、爆発を見事に回避してしまった。彼女はSPに再びテクニックをチャージする隙を与えず、再びランスを突き刺すとワイヤーを巻き戻す勢いでSPに急接近、そのまま強烈なキックをお見舞いする。SPは頭部に強い衝撃を与えられたことによる脳震盪になり、そのまま崩れ落ちてしまった。これでランスロットのSPは全滅した。
「貴様が噂の自警市民か。その黒いボディ、黒い肌、なるほど、分かったぞ」
「何がわかったのかしら」
「ZEBRAという哀れな文具メーカーが開発した人型戦闘用文房具。油性危機によってアークスとしての権利を奪われた輩が居るとは聞いていたが、まさに貴様がそれだったのだな。漆黒の油性ペン、マッキー!」
「そうよ、死ぬ前に良く覚えておきなさい。我が名はマッキー、全てを塗りつぶす者」
 彼女はマッキー。ゼブラ宇宙公社が開発した「Humanoid Battle Stationery」、略称HBS。油性フォトンインクという特殊インクを用いて戦う、宇宙最強の油性ペンである。
 彼女はニブランスを容赦なくランスロットに打ち込む。鋭いペン先が彼の心臓深くを貫いた。
「ぎゃぁああああああああああああああああ」
 悲痛な叫び声。彼女は当然の報いとばかりに、顔色一つ変えず動かなくなった肉塊からニブランスを戻した。そう、彼女こそが近年多発する企業犯罪に非合法な鉄槌を下す存在であったのだ。
「ボールド、もう一人のヴォイド崩れは?」
 マッキーは音声通信で遠隔地の協力者に話しかけた。愛称はボールドという。
『ローリーは高速エレベーターで地下15階に降下、逃げ足だけは一級品らしい。気になるのは強いフォトン反応が地下15階に存在していることだな』
 マッキーは風通りの良くなった窓から地上を見る。バイザーの視界モードをフォトン反応可視化モードに切り替え、地上のフォトンの流れを見る。すると地上に向かってゆっくりと浮かび上がる強い反応をその目で見た。
「地下15階から巨大なフォトン反応が上がってくる。脱出用の自家用シップか?」と、ボールド。
「いいえ、AISね」
 あろうことかローリーはその権限を利用してAISを逃走用に用意していたのだ。AISは地下に置いてあったようだが、ミサイルを天井に打ち込んで地上へと通じる穴をこじ開けたようだ。それはそのままブーストジャンプを使って地上へと脱出した。このままではまんまと逃げられてしまう。
 だが、油性ペンはしつこいものだ。
「油性インク充填。カラーコード、ブルー。氷属性油性テクニック充填、発射」
 法撃力のないニブランスを触媒にしたまま油性テクニック『イル・バータ』を使用した。破壊力は一切ないが、それが直撃したAISの関節は見事に凍りついてしまった。これでは動くことが出来ない。
「マッキー、今ならAISからローリーを引きずり下ろせる。生け捕りにしよう」
「いいえ、この場で始末する」
 マッキーはニブランスから奇妙な武器に持ち替えた。それは剣の握りと柄のみで構成されたような武器で、肝心の刀身が無いものだ。だがマッキーがそれを手に持ち、柄頭の部分にあるスイッチを押すと、柄から真っ黒なインクが噴出した。それはフォトンの力で剣のような形に固定され、まるでビームサーベルのような武器となった。
「インクセイバー、起動。油性フォトンインク充填開始。カラーコード、ブラック」
 油性フォトンインクウォンド『インクセイバー』は、通常の実体ウォンドと比べて圧倒的に高い油性フォトンインク出力を持つ。故に彼女が油性テクニックを行使する場合において最高の触媒となり、それから放たれる油性テクニックは極めて強力なものになる。彼女はインクセイバーの切っ先に真っ黒なフォトンインクを集中させながら、ビルの窓から飛び降りた。
「フォトンインク収束。座標を先端に固定」
 マッキーはビルの30階から飛び降りながら、インクセイバーを構えた。彼女はそのまま勢いを殺さずAISまでまっすぐ落下し、勢い良くインクセイバーをAISに突き立てた。
「油性ナ・メギド!」
 インクセイバーの先端に集中した油性フォトンインクがAISの内部で炸裂。彼女は闇属性油性テクニック最強の威力を持つ『油性ナ・メギド』をインクセイバーの切っ先で充填し、爆発の時間をAISに突き刺した瞬間になるよう計算しながら落下したのだ。AISの内部で炸裂した油性インクはその内部を満たした。やがて圧力に耐え切れなくなったボディが悲鳴を上げ、耐え切れず爆発。辺り一面が真っ黒なインクで染められ、AISの残骸が広がった。中に乗っていたローリーもその爆発に耐え切れず、インクの海の中で横たわっていた。マッキーはそこにゆっくりと近づいてゆく。
「まだ息があるようね」
「ぐぅ……。貴様、この私が誰かわかってやっているのか……?」
「アークス資材部総長であり、元虚空機関研究員ローリー、でしょ?」
「そうだ。アークスごときが、殺していいような存在ではない。そのウォンドを仕舞いたまえ、メセタが欲しいならくれてやるぞ」
 最後まで自分の権力を振りかざそうとするローリー。だがマッキーはそんな彼が伸ばした手を踏みつけて、インクセイバーを彼に向けた。
「貴方は文具業界とアークスの腐敗の原因。私は過ちを正すのではなく塗りつぶすの。それが私の正義」
 マッキーは再びテクニックをチャージし始めた。黒い油性フォトンインクがインクセイバーに集中する。
「塗りつぶせ! 油性ギ・メギド!」
 断末魔とともにローリーは黒いインクの帯を大量に浴びた。有害な油性フォトンインクが肉体を侵食し、その生体機能を塗りつぶした。
「これで3人目ね、元ヴォイドを塗りつぶしたのは」
「ああ、ヴォイドが解散してからというもの、こいつらはそこら中で腐敗を生んでいる。だから私は君を応援するよ、マッキー」
 彼女は文具業界とアークスを守るために、腐敗の温床となる元ヴォイド研究者を狩る『ヴォイド狩り』をしている。権力を持つ側の人間を狩るためには、その影響下では動けない。だから正規のアークスではない彼女が狩るのだ。虚空を塗りつぶすことが出来るのは、更に深淵にある黒である。

 ある晴れた昼下がり。アークスシップ『ノート』に本社を構えるZEBRAのビル。午前中の業務はひとまず中断させ、社員たちは社員食堂に集まって一斉に昼食をとっていた。
 その中でひときわ大きいあくびをしながら、気だるそうにキャスト用栄養食を食べる女性が居た。
「あらスヴァト、寝不足?」
「そうね。昨日は遅くまで今日の資料をまとめてたから」
 彼女の名前はスヴァト。ZEBRAの営業9課でマーケターとして働いている。名前の由来は遠い昔に人類発祥の星にあったスウェーデンという国の言葉で『黒』を表す。彼女はまたまた眠そうにあくびをしながら栄養食を頬張り、その後は真っ黒な飲料でそれを流し込んだ。
「ねえねえスヴァト。昨日このへんのアークスホテルで爆発事件があったんだって」
「知ってる。朝のニュースでやってたわ」
「アークス資材部のトップとぺんてるの社長が密会してたらしくて、それを例のHBSが襲撃したんだって。ご丁寧にタッチペン不正入札の証拠を残してね」
「酔狂な奴も居たものね。放っておけばいいのに」
「ええー? でもかっこ良くない? 実はそのHBS、うちが製造してる油性ペン型HBSを使ってるんだって。彼女は通称”ブラック・インク・エンジェル”。黒い油性の天使だってさ、かっこいい!」
「確かに通称だけは様になってるわね」
 彼女は黒い飲み物を一気に飲み干すと、空になった栄養食のケースを持って席を立った。
「でも、まだ彼女には塗るべき場所があるわ」
 スヴァトはゴミ箱にケースを放り投げ、午後の仕事を初めに食堂を後にした。