episode1

 ウジ虫は蠅の幼虫である。
 そのグロテスクな姿から多くの人間に嫌悪される。
 人殺しを生業とする傭兵はウジ虫と罵られることもあるが、それは人に嫌悪されるという意味で共通点を持つからだ。
 しかし彼らにも生きるための心臓を持っている。それを理解して欲しかった。
 

 翌日。
 嵐が去って静けさを取り戻した、とても空が澄み切った朝。気温はそこそこ肌寒いもので、吐息は白に染まっている。
 セルビア王国首都ベオグラードの街では、人々が破壊された家屋の修復作業に勤しんでいた。木材を運びセメントを塗り固め、ドリルの音と金槌の音がそこらじゅうから鳴り響く。
 壊れたものはまた直せばいいと心に言い聞かせながら、失われた安息を求めて人は今日を過ごすだろう。
 しかし、明らかに異質な存在がそこには存在していた。
 街を行きかう異形の者たち。巨大な眼球が光っているものから、大きな翼をはやした者まで様々な形状をしているが、彼らは一様に人々を震え上がらせるほどの恐ろしい形相をしていた。
 夜の闇に包まれているわけでもないのに、子供の悲鳴が所々から聞こえてくる。大人たちも例外ではない、町中から悲鳴が上がった。
 一言でいえば悪魔、いや魔物と言ったほうが適切だ。とにかく恐ろしい人間ではない何かがベオグラード市街地を中心に出没しているという異常事態に見舞われている。
 そんな中、ベオグラード城ではルミナスが何処かでうろついているヴァンを探していた。
 一応は彼に王国が救われたのだ、朝食くらいは用意してやるのが礼儀と言うものだろう。
 本来ならばこのような仕事はメイドにでもやってもらうのが普通なのだが、使用人の殆んどは怪我のために入院中であり、王女自ら彼を呼びに行く羽目になった。
「ヴェーデルハイム、何処に居るの? 朝食を用意させましたけどあなたは食べるのですかーっ!?」
 大声で叫んでも返事が無い。
 ひとまず戦闘は昨日の深夜に終了し、ヴァンはへらへらと笑いながら城に帰ってきたのを確かに覚えていた。
 とりあえず彼の部屋として客用のベッドルームを提供したのだが、さっき覗いたところもぬけの殻だったわけだ。
 彼を探すルミナスは大浴場へと続く廊下を歩いていく。するとなにやら水音が響いてくるのを聞き取った。
 不思議と人の気配がしないのだが、水音、いやシャワーの音が聞こえてくるのは確かだ。
 朝風呂といったところだろうか。彼女はとにかく彼が居そうな大浴場へ足を運んだ。
 誰も居ない女浴場、この城の使用人が主に使う場所だ。王室の人間は別に作られたもっと高級な浴場を利用するのだが、こちらの浴場も時々利用することがあった。
 こんな世の中だ、王室だからといって何でもかんでも特別扱いというわけにはいかない。特にこのような決して裕福とは言えない国ではそうだ。
 水音が聞こえる浴場の脱衣所。そこには確かに誰も居ないのだが、綺麗にたたまれたネグリジェらしきものが存在するので誰かが利用しているのだろう。
 ヴァンは男だと思っているルミナスは「ここには居ない」という判断をした上で、浴場に居る誰かにヴァンの居場所を聞いてみることにした。
 浴場の扉を開くルミナス。「誰かいるのですかー?」
 シャワーの音と水がはねる音。やはり誰か人がいるようで、その人はルミナスの呼びかけに気がつくとシャワーのバルブを閉めた。
「……ああ――なんだ、ルミナスか」
 艶のある声で返事が聞こえたと思ったら、湯煙の中から姿を現したのはバスタオルを巻いた女性。
 高めの腰から伸びた長い足と豊満なバスト、女であるルミナスでさえ息を呑んでしまうほどのナイスバディに紫色の長髪を濡らしている。
 そしてルビーのように紅く輝く鋭い瞳、胸から肩にかけて彫られた不気味な目のタトゥー。雰囲気でなんとなく感じたが、でもまさかそんなことがあるはずが無いと混乱するルミナス。
 ヴァンは男と、ルミナスは確かにそう記憶したはずなのだ。
「ああ、この姿を見せるのは初めてか。俺は正真正銘魔王ヴェーデルハイムだ、今は昨日と違って女の姿をとっている。非戦闘時は体が小さいほうが何かと便利でね」
「おっ……驚かさないでください。まったく、悪魔というのはよく分からないわ」
 ヴァンに対して少し棘のある態度とるルミナス。
 しかしそんなことなどお構いなしに、ルミナスの体つきを凝視しながらニヤついてくるヴァン。すると彼女は何かに気がついたように手のひらを叩いて指を指して来た。
「分かったぞ。あれか、プロポーションで負けて悔しいのだろう?」
「そんなことありませんっ!」
 必死に否定するルミナスであったが、その指摘はなかなか図星であった。
 男だか女だか分からない魔王に負けた悔しさというのは、なんとも表現しずらいものである。
 
 城の食堂はちょうど城の中央に位置しており、天井には煌びやかなシャンデリアが堂々と飾ってある。
 純白で金色の刺繍があしらわれたテーブルクロスが、30人ほど座れそうな長方形のテーブルにかかっている。
 テーブルの上には銀の蝋燭立が置かれており、まさに王家の食卓というに相応しい物だった。
 そしてここでは今、ルミナスとヴァンが朝食を取っている。女性の姿をしているヴァンは契約して現れた時のコート姿ではなく、胸元をセクシーに開けた黒いブラウスとスラックスを着用していた。
「おい、ルミナス。ワインが飲みたい、出来ればエーデルフォイレ・トカイがいいな」
 トカイワインはハンガリーの世界三大貴腐(エーデルフォイレ)ワインである。非常に希少価値の高いワインであるが故にそう簡単に手に入るものではないが、城のワインセラーにはその程度の物ならば置いてある。
「何を言っているのです、朝からワインなど……今の街を見て御覧なさい。民が必死に街を修復しているというのに、我々だけが朝から悠々と酒を飲むなど言語道断です」
「一人や二人、酒飲んでる奴くらい居るだろう……」
 ぶつぶつ文句を言いながら薄い小麦粉の皮フィロシートで作られた、「ブレク」という料理を食べているヴァン。
 ふと城の外を覗いて見ると、確かに人々が修復作業に勤しんでいる。酒を飲んでいる暇は無さそうだ。
 席から立ち上がって窓の前に立つヴァンは、フォークを口にくわえながらそれを見て頷いている。
「そういえば街を得体の知れない化け物が徘徊していると報告を受けましたが、もしかしてあなたの仕業ですか?」
「おいおい、仕業とは人聞きの悪いことよ。俺様がわざわざ魔界から魔物を呼び出して、街の修復作業に従事させているというのに」
 早朝ルミナスの元に「街中を得体の知れない魔物たちが徘徊している」という報告が来ていた。
 何かと威嚇したり睨んできたりしたそうだが、幸い危害にあった人間は居ない、それどころか壊れた家を直すのを手伝ってくれていたそうだ。
 ヴァンは彼等を魔界から「魔王権限」で呼び出し、彼等に修復作業の指示を与えていたということだ。
「仕事の邪魔さえしなければ危害は加えないさ。俺が人に危害を加えたら魔王権限で死刑執行だと十分に言って置いたからな」
 言うことを聞かなければ殺す、それは妙に説得力があった。
「まあ……あなたには恩があるからこれ以上五月蝿く言わないわ。それにしても、本当にあなたは魔王なのですね」
「なんだ、まだ信じていなかったのか。俺は誇り高き魔王ヴェーデルハイム、お前等との取引がなければ好き好んで人間とつるむか」
「取引?」
 首をかしげるルミナス。
 確かに魔法陣からヴァンを呼び出す時、何らかの契約を結んだようだが詳細を良く分かってなかった。
 自らの血液が魔法陣に染込んで、色々あってそれによってか魔王復活。訳が分からない。
「初代エンキュリオールと結んだ取引内容の一つは、俺が魔界に帰還するために協力をしてもらう代わりに、魔王の力を代々貸してやろうということだ」
 彼の話す内容はこうだった。
 1000年ほど前、勇者に倒され封印されていた魔王ヴェーデルハイムは、初代エンキュリオールとある契約をした。
 初代エンキュリオールによって人間界に復活したヴェーデルハイムは、「完全な」復活を遂げていない為に魔界へ帰還することが出来なくなっていたのだ。
 彼が魔界へ帰還する方法は一つ、自らを封印した勇者の子孫を殺し、完全復活を遂げるしかない。エンキュリオールと魔王の契約内容はつまり、エンキュリオール家が勇者の子孫を末代まで捜索し続ける代わりに、魔王が力を貸すというものだった。
「なるほど……、つまりは私に勇者の子孫を探せということなのですね」
「そのとおり。そいつを殺して魔界に帰るまで俺はお前に力を貸そう」
「でもそれはつまり、私にあなたの殺しの手伝いをしろと言うことなのでしょう? 私はそんなことに手を染めたくない……」
「よく言う……」
 ガタッ、と大きい音を立て豪快に椅子に座るヴァンは、ルミナスの瞳にその針のような視線を突きつけた。にやりと笑った口元からは、鋭く光る牙が生えていて今にも取って食われそうだ。
「お前は俺に敵国兵士を排除するように命じた。殺しは究極の理不尽であり、どんな崇高な理由があろうがそれは揺らぐことは無い。お前はもう殺人者だ」
「でもっ……」
 どうにか反論しようとするルミナス。
「まあ落ち着け、お前が葛藤してもどうにかなる問題ではない。ちょっとこの話には続きがある」
 ヴァンは勇者の子孫を探すためにヒントについて話し始めた。
 1500年前に勇者は魔王を封印する際に、自らも代償として呪いをかけられたと言われている。
 その呪いは「戦の血」と呼ばれるもので、末代まで勇者の子孫は戦いに身を置かざる終えなくなるというものだった。
 それはつまり勇者を殺す時というのは、戦闘によって「兵士」として殺すことになるということだ。
「これならお前も精神的にアリなんじゃないか? まあ21世代も探し続けてきてまだ見つからないんだ、お前の代で見つかるなんて思っては居ないさ。探すだけでいい、それだけで問題無しだ」
 ルミナスが見つけられなくても彼女の子供、または孫、ひ孫が見つけるかもしれない。人間より遥かに長い年月を生きてきた魔王にとって、1500年という年月はたいしたこと無いのだろう。
 でもルミナスは思った、この「勇者を殺す」という罪を果たして子孫にまで残していいものなのかと。
 そして彼女は話を聞いていて、あることに気がつく。
「『契約内容の一つは』と言っていましたけど、もう一つがあるのですか?」
「おお、忘れてた忘れてた。もう一つ血族の契約とは別に各世代に代償としてあるものを頂戴している。お前との契約の時には時間が無かったので、有無を言わさずもらってしまったが」
 何かを勝手に奪われている、ルミナスはそれを聞いた瞬間に背筋が凍って戦慄した。
 死んだら魂が取られてしまうのか?
 それとも目の視力が奪われてしまうとか?
 でも答えは少し奇妙なものだった。
「涙だ」
「え?」
「お前はもう悲しみ泣くことができない、恐怖に慄いてその場で泣き崩れられても困るからな。ああでも玉葱切ってて涙が出てこないなんて事はない。外的要因では今までどおり涙は出る」
 ルミナスはふと気がついた、父親を亡くした自分が昨日から涙を流していないことを。
 父が息を引き取った時にはあんなに泣きじゃくっていたのに、今の自分は何事も無かったかのように此処で冷静にしていられる。
 でも彼女は涙を流せなくなったことで思いつめることは無かった、何故なら彼女自身王位を継承した瞬間に泣かないと決心したからだ。
 もう、泣ける立場ではない。
 それに対してヴァンはルミナスの予想外な冷静ぶりに、ちょっと残念そうに舌打ちをした。
「ところで……」
 ヴァンはテーブルに肘を着き、頬杖をしながら半空きの妖艶な瞳でルミナスを見つめた。
「これからどうするつもりだ? 街はこの有様で産業もすぐには元に戻らない、最大の輸出商品であるアルミニウムも世界経済の悪化に伴う世界情勢の悪化で取引できそうに無いし、電力エネルギーには困っていないようだが土地は痩せていて食料自給率も低い。民主主義がトレンドの中で王制を突き通し友好関係にある国も少なければ、さらに運の悪いことに隣国は情勢不安定な国ばかりで昨日のような侵略が何時起こるとも知れない。近隣諸国との貿易も絶望的だ。そんな中、姫様はこれからこの小国をどうしようと考えているのだ?」
「……………………………………」
 魔界の存在であるくせに人間界の事柄に詳しいヴァンが、確実に痛いところをこれでもかというほど突いてくる。
 王位継承者であるルミナスは小さい頃から王室の英才教育を受けており、政治をするための基本的な知識は大体学んでいたはずだった。しかし、いざ王位を継承して政治という舵を取る人間になったとたん、問題山積みで国が存亡の危機に立たされている。
 彼女は一夜にして鬱病になる一歩手前まで来たのだ。
「フフ、まあそんなものだろう。ここは魔『王』の先輩として一つ手を差し伸べてやろう」
 ヴァンは指をパチンと鳴らしたと思ったら、指を組んでなにやら呪文を唱えだした。
『魔王ヴェーデルハイムの名の下に命ずる。我が忠実な僕メフィストよ、我が呼びかけに答え煉獄よりその姿を現せ』
 彼女がそう唱えると、テーブルの上に突如暗黒で出来た「穴」が現れたではないか。
 その穴からは禍々しい雰囲気が恐怖と共に流れ込むようで、背筋が凍るように冷たくそれが撫でる。
 と、次の瞬間。
「ヴェーデルハイムさまぁ~っ!」
 黄色い声、というか若い娘の声。
 それが聞こえたと思ったら、暗黒の穴から得体の知れない人影が飛び出して、ヴァンにべったりと抱きついていった。
 真っ黒なセミロングの髪は首の後ろで反り返り、真っ赤な瞳と唇が光る。そして黒のなレザースーツを纏ったスレンダーな体。
 その背中には真っ赤なコウモリの翼が生えており、尻から伸びるのは先端に銛のような突起物が付いた黒く長い尻尾。頭には立派な角が生えていて、まさにその姿は「悪魔」と形容するのがぴったりであった。
「あぁ~ん、女の子ヴァージョンのヴェーデルハイム様ったら本当に可愛いぃですぅ~」
「そんなにくっつくな! 身動きが取れないだろうがメフィスト」
 あまりの可愛さのためか、ヴァンの頬に自分の頬をすり当てるメフィストという女。ルミナスから見ると、元気で明るく人懐っこそうな黒猫に似ている。
 しかし、そのメフィストという女はルミナスの存在に気がついたようで、ヴァンに見せる表情とは全く違う、とても軽蔑した目で見てきた。
「何このパツキン。ちょっと良い服を着てるからってお姫様気取り?」
 メフィストの挑発的な態度が多少気に障ったルミナス。ヴァンは呆れた顔でメフィストの頭を軽く叩き、その態度に対して注意をした。
「正解、ルミナスはエンキュリオールの王女だ」
 それを聞いて舌打ちをするメフィスト、少々ルミナスが気に入らないようだ。
「コイツは俺の従僕、悪魔メフィストフェーレス。少々口が悪いし根も悪いが、結構賢い高位の悪魔だ」
「ア・ン・タがルミナス=エンキュリオール? 歴代初の女王様とはいいご身分ね、まったく」
 ますますイライラが蓄積するルミナスだが、「コイツはこういう奴だ」と割り切って自分の感情を抑えた。
 エンキュリオール家は代々男が頭首を勤めていたのだが、男女平等の社会ということでルミナスは初の女王である。
 恐らく悪魔であるメフィストから見れば、「だからどうしたの? 初だからって偉そうにしてんじゃねえよ」と見えるのだろう。
 可愛らしい見た目とは裏腹に、この悪魔は想像以上に憎たらしいようだ。
「メフィスト、例のリストは完成したか?」
「はぁい。これが選ばれし者候補者リストでーす」
 ひょいと出した名簿を渡す。
 その名簿には数名の人間が、顔と経歴付で記されていた。
「ヴェーデルハイム、あなたは何か秘策があるのですか?」
「それを言う前に質問しよう。この国の誇るべきものは?」
 唐突な質問であったが、国を率いる一国の王女がこれに答えられずして何が王女か。
 彼女は自信を持って答えた。
「20代続く高貴なる王族と、それによって栄えてきた確かな文明。痩せた土地でも確かに生きてきた人々の力強さです」
「ちがうな」
 自信満々に言ったその言葉を、悲しくも即答して否定するヴァン。
 彼の意図すること、それがどうも違ったようだ。
「言い方が悪かった、この国には何がある? 自国分以外の資源なんか殆んど無い、ハワイみたいに観光客が沢山来るわけでも無いし、他国と競争できる産業も無い。そんな中で我々は何を売りに出来る?」
 ルミナスは考えた、自国のアピールできる何らかの要素を。
 しかしこのセルビア王国は国際的にも対して高い知名度を持たなければ、気候も恵まれていないために人も寄らない。
 観光地にもなれない、ましてや経済大国それどころか発展途上国ですらない。
「セルビア王国の歴史は戦争の歴史、昔からこの国は戦火に包まれることだけは多かった。その中で、セルビアは何を培ったと思う?」
 ヴァンはルミナスの手元に数枚の書類を投げた。一枚目には「セルビア王国復興プロジェクト概要」と書かれている。
 ルミナスがその書類を読んでみたところ、とんでもないプランが記されていた。
「兵法さ、この国この王家はまさに歴戦の勇者さ。これを商品とせずして何を売るのだ」
「王立の傭兵部隊……『王立傭兵騎士団』。我々に、戦争を商売にしろというのですか!?」
 目を丸くしてヴァンの正気を確認するようにそれを強く問いかける。
 しかし発案者であるヴァンはもう平然としてそこに座っていた。
 常識的に考えられない、とは言い切れるわけでもない。
 今、世界はアメリカを中心とした経済的ショックで第2次世界恐慌といってもいい状態で、モンテネグロ共和国のように世界中が張り詰めた弓のような状態だ。
 これから戦争が始まる、それはもう止められるものではない。
 世界中の情勢不安定になった国々が争いを始めるだろう。近所のEUだって険悪なムードが漂っている。
 だからこそこれからは傭兵、民間軍事企業PMCがチャンスを掴む時代が来る。
 ヴァンの提案は決して非現実的な物ではなく、この貧しい国を救えるほどの可能性があった。
「世界中の戦争で活躍する国家規模の傭兵部隊。俺が召喚した魔物たちを兵士として戦わせ、人的コストを最大限に抑える。人は死なずに金が入り、集めた資金で新たな人材・産業・技術を発展させてゆく」
 ルミナスは苦悩した、殺しなんぞを商売にしてまで国を守るのか。
 だが彼女はここでも思った、魔王ヴェーデルハイムなら、彼とならきっとやり遂げてしまうと。
 殺して守る、守るために殺す、結局2つは同じことを意味する。
 耐え難いストレスが圧し掛かっているはずなのに、不思議と涙は流れてこなかった。
 その時ルミナスは父親からの言葉を思い出す。
――人を守るためには時に、心を鬼にしなければならない時がある。
 そう、今がその時だ。
「……やりましょう、傭兵を。どうせ国を守るために殺してしまうなら、私は、鉄の女と呼ばれてもいい!」
「ふはははっ、ははははっははははっははははっはははは!」
 ヴァンが非常に楽しそうに高らかと笑い声を上げる。
 とてもおかしくて腹がよじれてしまいそうになっている素振りから、相当その言葉がおもしろかったのだろう。
 重大な決断のわりに即答して、尚且つその答えは決意の影に残虐さを持ち合わせている。
 笑いすぎて転げまわりそうな衝動を抑えつつ、ヴァンは再びルミナスと視線を合わせた。
「素晴らしい、さすがエンキュリオールの末裔、そうでなければ俺は力など貸さなかった。メフィスト、入隊候補者リストにある人間に手紙を送れ」
 ヴァンはそばにいるメフィストに名簿と4通の手紙を手渡した。
 だが入隊候補者と言っていたがそれに載っているのは人間。
「何故人間を入隊させるのですか。さっき魔物たちを兵力として使うと言っていたではありませんか?」
「いくら魔物が束になったところで万全とは言えない。それは1500年前、勇者に魔物達が倒されたことが証明している。勇気ある、多少ではあるが人間達の力は必要不可欠なんだよ」
 窓を開けて悪魔メフィストフェーレスが空に飛んで行く。
「ヴァン様行ってきまーす!」
 にこやかに手を振って見送るヴァン、しかし彼女の笑顔には確かに禍々しさが含まれていた。悪魔だけに。
 王女と魔王率いる軍団で組織される戦闘集団、それは果たして何を意味するのか。
 今のルミナスには、それを知る余地など無かった。

 そして4通の手紙は、4人の人間達の手元に届くのだった。

 一週間が経ち、街の修復もなかなか進んでいるようだった。空爆で焼け落ちた商店街も簡易的ではあるが補修が進み、店頭には戦火を逃れた食料品が売られるようになっている。
 修復を手伝った悪魔たちは、あとは人間に任せたと言わんばかりにやがて姿を消していた。絶望に飲まれていた人々の顔には笑顔が垣間見え、以前の活気が戻りつつある。
 そんな中、ベオグラード城前の広場には104人の真新しい軍服を着た軍人達が集められていた。
「女王陛下の御成りーっ!」
 軽快なファンファーレが、パレード用の軍服を着た兵士達によって演奏される。
 ベオグラードの全長5メートルはある巨大な扉がゆっくりと開き、黄金のティアラを被って純白で輝く王室の正装に身を包んだルミナス王女が現れた。
 その姿はまるで花畑を優雅に飛び回るモンシロチョウより白く輝き、まさに王の品格が象徴されている。
 セルビア王国代21代王女「ルミナス=エンキュリオール21世」は全国民の希望であり、誰もがあこがれるプリンセス。そんな姿を間近で見せられて、感極まらない者はいないだろう。
「女王陛下のお言葉ーっ!」
 ルミナスがゆっくりと、尚且つ凛とした態度で壇上へ上がる。ルミナスは取り付けられたマイクを手に取り、スピーカーを通して広場全体にその声が響いた。
「面をお上げください」
 彼女の声で集められた人々の顔がルミナスの方を向いた。
「今日、この場に集まられた104人の勇敢なる者よ。私は今、あなた方への感謝の気持ちでいっぱいです」
 ルミナスは堂々とした態度で演説を始めた。
「世界情勢が悪化する中、我が祖国も例外なく存亡の危機に立たされています。そして私はこの状況を打開すべく、ある国家プロジェクトを始動させることを決定しました!」
 会場がその力強い言葉で沸きあがる。
 国を救う希望の光り、国民を明るく照らしてくれる光りが差し込むかもしれない。そんな期待が人々を興奮の渦に巻き込むのだろう。
「行政機関あり行政機関ではない、民間であり民間でない。王である私自身が立ち上げる傭兵部隊」
 そのころ舞台裏ではヴァンが地下宮殿から持ってきた古文書を開き、記されている呪文を読み上げていた。古文書はすでに千年の時を刻んでいるためかなり薄汚れているが、ヴァンの魔力が影響してか文字はかすれて見えなくなるほどまで劣化していない。
 それは魔界への扉を開く呪文、ベオグラード城広場と魔界をリンクさせるのだ。
『暗号認証確認、魔王ヴェーデルハイムより伝達。魔界壁拘束術式1号2号3号開放。人間界指定座標との位相空間を確立。召喚せよ』
 すると突如広場に巨大な魔法陣が浮かび上がり、集まった人々が驚きの声を上げた。魔法陣は血のように赤い光を放っており、明らかにそれが異質な存在であることが感じ取れる。
 するとどうだろうか、地面から盛り上がって浮かび上がるように姿を現した影。明らかに人間とは違う何か。
 魔界より召喚された幾千幾万の悪魔・魔物達だった。
 赤い翼を大きく広げたもの、全身がまるで岩石のようになっているもの、軍服を着ているが人のそれではない何か。形容するのが難しいような者もいて、今この時は広場が奈落の底と勘違いしてもおかしくない。
 そう、彼等が傭兵部隊の大半の戦力を担う魔界の戦士達。魔王ヴェーデルハイムの命により人間界に現れた恐怖の申し子。それらを前にして一瞬怖気ずくルミナスであったが、彼女は声高らかに宣言した。
「この104人の勇者と6万の魔族たちをもって今此処に私は、『王立傭兵騎士団』を設立することを宣言する!」
 今この瞬間、魔銃の撃鉄は起こされた。

 大会直後、ヴァンによって選ばれた4人と1人は、ベオグラード城内の会議室に集められ会議を開くこととなった。
 何を基準にして選ばれたのか一見しただけでは良く分からない構成だが、しかし彼等は一様に何らかの特殊技能を見込まれた人間達のようだった。
「さて、第一回の定期会議を始めよう」
 会議室とはいえ王族の使うような場所であるため、それなりに品のある家具が使われており、特に机は巨大な大理石で作られた物であった。
 それを囲んで配置された金色の椅子に腰掛けるヴァン(男)は、そこに居合わせている王女様より偉そうな態度を取っている。
「……ではまず自己紹介から行きましょうか」
 ヴァンの態度に呆れながらも、どうせ何を言っても聞かないだろうと諦めて会議を進めようとするルミナス。何かと苦労は絶えなさそうだ。
 彼女がまず指した先には、女王の前にもかかわらず軍服を着くずしたブロンドの髪の青年が一人。
 白人であるようだが瞳の色は焦げ茶色をしており。おまけに背中には幅広のトゥーハンドソード、腰には2本のサーベルをぶら下げている。
「俺はベルモンド=クローディアス。世界中を飛び回って賞金稼ぎをしていた。彼女募集中の24歳、夜のテクと戦いのテクで誰だろうとイかせてやるぜ?」
 下ネタ交じりの不真面目な自己紹介、ルミナスにナイススマイルを見せ付けたと思ったら素早く彼女の懐へもぐりこんだ。すると彼はルミナスの手のひらに隙を見てキスしたではないか。
「ひゃっ!?」
「お会いできて光栄です女王陛下、人肌寂しくなる時は何なりと申し付けください。全力で楽しませてごらんに入れましょう」
 次の瞬間、ルミナスの傍で立っていたバトラーに素早く引き離され一発殴られた。床に倒れこむベルモンド。
 キスをされた当人はベルモンドに対し軽蔑の視線を送っている。いくらなんでもデリカシーが無さすぎる男だと思った。
 しかし彼はヴァンが噂で聞いていたセルビア出身の凄腕バウンティーハンター。賞金稼ぎとはいえ追うのは犯罪者だけでなく、悪徳企業の重役や怪しいことをやっているような政治かも叩きのめしてきたようなたくましい奴だ。
 雇われの兵力をするという意味では、彼は傭兵として一番近い存在かもしれない。
 だが王女の目の前でこんなことを堂々とやってのけることから、かなり軽い男であるのは良く分かった。
 次に指したのは軍服の上にローブを羽織った女の子で、これまた世にも珍しい癖のかかった青い長髪を靡かせている。
 左目には黒い眼帯をしており、長い髪に隠れて隠れそうな瞳は青く光っている。手には長い杖を持っており、なんだか妖しい魔法使いといった感じの風貌だ。
「フランシスカ=ヘクセン……。ズレニャニン秘密魔法学校在籍……、ベス・ディーロイヤ式魔法使い……」
 やけに声が小さくで喋り方がゆっくりの少女、さらに魔法学校に所属しているなどといっている。
 事前にヴァンから説明を受けていたのだが、ズレニャニン秘密魔法学校というのは古来より秘密裏に発達してきたセルビア唯一の魔法学校で、彼女はその生徒らしい。
 本来は学生として勉学を続けるはずだったのだが、空襲で校舎が焼けてしまい、実務実習ということでこの部隊に入隊したようだ。
 なんでも彼女の魔術宗派が関係するらしいが、詳しいことは魔法なんぞ知らないルミナスには理解できなかった。
 そして次に指そうとしたところ、フランシスカの隣には巨大な騎士甲冑が存在感を放っていた。
「そちらの甲冑は、やはり人なのかしら……?」
 そう疑問に思った矢先、フランシスカがそれを説明しだした。
「これは……私の使い魔……。名前はフランベルジュ……ゴーレム」
 その甲冑、いや使い魔であるフランベルジュというゴーレムとやらは、礼儀正しくも王女に対して一礼した。甲冑の中には人がいる気配も無く、鎧の隙間からは時折黒く蠢く何かが見える。正直ルミナスからすれば、ホラー映画でも見ているんじゃないかと思ってしまう姿だ。
 気を取り直して次。
「私はヨハネス=エイブラハム。クラグイェヴァツの教会で神父をしておりました。孤児院の子供達のための養育費を稼げればと、従軍経験のある私がお供いたします」
 金髪の髪をオールバックでまとめ、整った顔立ちはどこぞやの俳優かと思うほどに凛々しく良い男だ。
 しかし額と頬には十字架の刺青、顎鬚は十字架をかたどって剃られており、両耳には十字架のイヤリングが輝いている。
 十字架マニアか、狂信者か何かと見間違えそうな見た目。だけどとても礼儀正しく挨拶をしてくれる、さすが孤児院を運営する神父といったところか。
 5年前にセルビア軍に在籍していたのだが、実家の教会を継ぐために退役したらしい。現役時代は相当な腕の持ち主であったようで、軍では今でも彼の伝説が語り継がれている。ルミナスの第一印象では比較的普通の良い人といった感じだが、ヴァンがわざわざ選んだのだ、何かあるのかもしれない。
 そして次の人、ルミナスは彼女を見た瞬間に見覚えがあるのを感じ取った。
 綺麗な赤毛をポニーテールで纏め上げ、パッチリとした目がその軍服と不釣合いでならない。処かで見たことがある、確かにそうだった。
「あれ……、あなたは確か城内警備の?」
「はっ、はい! 私は元城内警備隊所属のサラ=ジェンドリン1等兵であります!」
 城内警備とはいえ普通の人間普通の軍人であるはずの彼女が、何故だかここに居ることが気になった。
 確かに彼女の成績はそこそこ優秀とは報告されているのだが、ヨハネスのように伝説となるほどのものではなく、単なる評価にしか過ぎないもの。正直サラ自身も、何故こんなところに呼ばれているのか理解できていないようだ。
「失礼ですが、サラさんは人間ですよね?」
「えっ、ああー……、どうなんでしょうかヴァンさん」
 ヴァンが彼女について説明を付け足した。
「コイツは先日の戦闘で死にそうになっていたところを、魔力を注ぎ込んでグールとした所謂ゾンビだ。安心しろ、今や人間を超えた存在だ」
「だ、そうなんです……」
 泣きそうな素振りを見せる、というか泣いているようだった。
 無理も無い、若くして死んでしまったと思ったら、魔力を注ぎ込まれてゾンビとなってしまったのだ。
 ゾンビといっても細胞の再生能力を魔力で活性化させているアンデッドであり、見た目は蒼白の肌を除いて結構普通の人間である。しかし細胞が死滅と再生を繰り返しているため、死滅した細胞が腐っていかないように毎日の防腐剤は欠かせないらしい。
 そんなこんなで4人全員の自己紹介が終わり、最後にヴァンが立ち上がって話を始めた。
「我は魔王ヴァン=ヴェーデルハイム=ヴェンデッタ、エンキュリオール家と契約しこの傭兵部隊を王女と共に取りまとめる。それぞれ思うところはあるだろうが、異論は認めんし聞く気もない」
「全く驚いたよ、まさか本当に魔王ヴェーデルハイムが居たとはね。神に仕える者として、お前を今この場で処刑してやりたいところですが、人のため国のためというならば我慢しておきましょう」
 以外にもヴァンに突っかかってきたのはヨハネスであった。
 ヴァンは魔界の住人。つまり悪魔であって、キリスト教徒である彼にとっては魔王ヴェーデルハイムは対立する存在である。抵抗があるのも当然といったところか。
「良い判断だ神父、互いに争ったところで国に銭は入らない。そう、今から我々王立傭兵騎士団は戦争を商品として世界にアピールするのだから」
 ヴァンは用意させたプロジェクターを使って、メフィストに部隊の概要を説明させた。
 王立傭兵騎士団、それはその名の通り王が自ら設立した傭兵部隊。
 腕章にはRHK「The Royal Hired Knights(王の雇われ騎士団)」の文字が描かれており、それこそがこの部隊の本質を表している。
 そして紋章も描かれていたがこれまた奇妙な物だった。その紋章は太い単線で描かれ、ハーケンクロイツにも似ているが違う。ハーケンクロイツを枝分かれさせた形状であり、見方によれば翼の生えた竜と見ることが出来る。
 実は人間界で使われるハーケンクロイツ・万時(スワスティカ)とは元々「デーモニック・スワスティカ」と言う古代より魔界に伝わる伝統的なマークだった。
 これを人間は幸運の象徴として使われてきたのだが、実際のところこれはマークを見た悪魔が仲間と勘違いして人間への嫌がらせを止めてしまったことが原因である。結果的には幸せになるのだが。
 話は会議に戻るが、ヴァンが構想したのはセルビアが長い歴史の中で培ってきた兵法と、秘密裏に発達してきた魔法という技術を枠組みとして、尚且つ魔界から呼び寄せた魔族たちを人に代わって戦力とするということ。
 ありとあらゆる力を集めて作られた、最強の軍団であること。
 そして此処に集められた4人の人間が、重要な鍵を握っているということ。
「王立傭兵騎士団、以下RHKは人間と魔族との混成で陸戦歩兵部隊と空挺師団の2つに分けられまーす。ここに集めたこの4人共は、特に女王直轄の特殊分隊『エンプレスソード』としてこき使われるんだから」
 陸戦歩兵部隊にサラ・ベルモンド・ヨハネス、空挺師団にはフランシスカとメフィスト。基本的に最前線で戦うのは陸戦歩兵部隊で間違いは無く、空挺師団というのは主に安全な場所から魔法による支援を行う部隊である。
 魔族が関わろうが魔法を使おうが、これが軍隊であることに変わりは無い。説明はメフィストの不真面目な口調で淡々と進んでいった。
 そして最後に、あるルールがルミナスから発表される。
「我々RHKに所属するに当たって3つだけ守ってもらいたいことがあります。一つはこの活動が国の発展のためであること忘れないでください。二つ目は目標に関係ない人々への攻撃は避けてください、ただでさえ王立の傭兵部隊というのが国際的に危うい立場である以上、不祥事が表面化すれば国際的に厳しい避難を受けてしまいます」
 民間人の殺害は基本的に避ける必要はあるが、戦場においてそれは甘いといわざるおえない。ルミナスもそれは分かっているから、この取り決めに関しては形式上言っておくだけだ。
 だが彼女は最後の取り決めを言うことに躊躇した。彼女が言おうとしていることは傭兵のありかたとして大切なことであり、これからの戦いで避けること出来ない覚悟。
 この言葉を言ったら覚悟しなければならない、誰とでも戦うということを。
「私達はあらゆる敵に対し平等に攻撃を加え、平等に殺しを行います。それと同じく私達はあらゆるクライアントに対して平等に契約を交わし、平等に共闘します。これらのことを理解したうえで業務に臨んでください」
 昨日の敵は今日の友、今日の友は明日の敵かもしれないし、どちらとも敵となる可能性があるしまたその逆も然り。
 さすがに国際意見に反する依頼内容、たとえばテロ行為に加担することは無いとはいえ、変わり行く国際情勢の中でそれがあるのだ。
 まあ、そんな物は戦争の中でいくらでも起きるし、見過ごされてしまうだろうが。ルミナスは思わずその場にいる全員の顔を見回した。
 するとそこには自分よりも迷いの無い瞳を持つものたちが立っているではないか。
「……言うまでもありませんでしたね」
 そう、彼等は此処にそれぞれの目的があって此処に立っている。生半可な覚悟で傭兵業をしようなどとは誰も思わない。皆が国を守るため、あるいはもっと身近な大切な人を守るために戦うのだ。
 ルミナスは再確認した、自分達はこれから国のために雇われて殺しを生業とするのだと。
 そして彼女は特に強くに言葉を放った。
「皆さん、共に行きましょう」
『イエス・クイーン』
 全員がルミナスに対して敬礼をした。
「……――ところで」
 敬礼をしながらぶち壊しムードの一言。その言葉の主はベルモンドであった。
「そもそも仕事はあるのか?」
 全員が重要なことに忘れていたことを思い知らされる。そう、いくら能書きをたれようがクライアントが居なければ仕事は出来ないし、殺し云々の問題ではない。
 全員が敬礼のポーズを解いた後、ヴァンは言った。
「安心しろ、明後日からもう仕事が入ってきている」
 まったく、この魔王は何時仕事をしているのか疑問に思うほどの手際の良さだ。賞金稼ぎであったベルモンドも納得の上官といったところか。
「おうおう、じゃあそのクライアントと仕事内容とやらを聞かせてもらおうじゃん?」
 次の瞬間、ヴァンの口から出てきた言葉はとんでもないものであった。
「依頼主はモンテネグロ共和国政府、目標はモンテネグロ共和国軍基地本部だ」
「っ!?」
 全員顎が外れるかと思うほどの衝撃的告白。
 あろう事かセルビア王国を侵略してきたあのモンテネグロ共和国が、最初の依頼主だというのか。
 一週間前に起きた悲劇を皆忘れているはずも無く、仇であるはずのモンテネグロと共闘するなど冗談にもほどがある。真っ先に反論したのは一度彼等に殺されたはずのサラであった。
「ヴァンさん、いくらなんでも冗談が過ぎます! いくら仕事だとはいえ一週間前にここを侵略してきた国ですよ!」
「まあまて、お前達もそれぞれ思うところがあるだろうが、これにはちょっとした事情がある」
 ヴァンはその事情とやらを話し出した。
 一週間前に王国を侵略してきたモンテネグロ軍、実はモンテネグロ共和国では先の世界恐慌が引き金となり軍事クーデターが発生していたのだ。
 その際に政府機関は革新派の軍部によって掌握、軍部穏健派を含めた政府側は事実的に国を追われるとことなり、今やモンテネグロ共和国は軍国主義を掲げる国の一つとなってしまっている。
 一週間前の侵略も革新派新政府によるものであり、軍部が勝手に暴走して侵略をしたと同じことであった。
 そして依頼主であるモンテネグロというのは追放された亡命政府であり、彼等は国を正常な姿へ戻そうと日々努力している。
 亡命政府はほぼ孤立している状態となっており、隣国に助けを求めようにもすでに軍部が他の隣国へ手を出している状態でそれも叶わない。
 そんな中で侵略を受けたにもかかわらず、「金」のみで救援を頼むことが出来るセルビア王立傭兵騎士団はとても都合が良かったのだろう。
 決してこの依頼内容は仇と共に共闘するわけではなく、むしろ敵討ちに近いものとなっているわけだ。
「というわけだ。お前等人間の大好きな敵討ちだ、乗る気になったろう?」
 皮肉にも全員の表情に険しさが消えた。
 だがヴァンの言葉は人は報復という無限の連鎖で戦ってしまうということに対しての、そのままの皮肉であった。
 ここに居る全ての人間にそれは少なからず存在していた感情、だけども自分達は傭兵である。
 金は幸せを作るかもしれないが、復讐には悲しみしか存在しない。
 サラは閉じていた口を開いた。
「ちがいますよ、私たちは傭兵。恨みとかつまらないもののために戦うわけじゃないんです」
「その通りだな。俺達は金のために戦い、金のために死ぬんだよ。恨み辛みはそこらへんに投げとこうぜ!」
 ベルモンドの威勢の良い声で場の雰囲気が一気に盛り上がる。
 隊員の意外な反応に驚きつつ、ヴァンは笑いながら作戦会議を始めた。
「これより作戦会議を始める。各自耳かっぽじってよーく聞けよ」

 その夜。
 会議は無事に終了し、後は当日まで英気を養うこととなる。
 ベオグラードは静かな夜を迎えており、街の明かりもぼんやりとした物となっていた。
 気温は低めで風は冷たい、この地方特有の季節風。そんな中で城のバルコニーに立つ人影が一つ、王女ルミナスが街を見下ろしていた。
「静か……」
 乾いた冬空と暖かな街の灯火、大きな重圧に押しつぶされそうだったルミナスの心をそれが癒してくれていた。
「ルミナス、ここに居たのか」
 するとルミナスの後ろに立つ人影、それはワイングラスを片手に揺らすヴァンであった。ただでさえ真っ黒な装束に身を包んでいるのに、夜の闇が彼をさらに包んでいる。
 夜の使者、闇の帝王。これほどまでに彼が冴える夜があるだろうか。
「そのワイン、勝手に蔵から出したのですか?」
「バトラーに言いつけて持ってきてもらった。トロッケンベーレンアウスレーゼの50年物、なかなか良い物が置いてあるじゃないか」
 グラスに注がれていたワインをヴァンは飲み干してしまった。
 勝手に人の執事を使って勝手に高級な酒を飲むとは、なんと傲慢なのだろう。
 しかしそんなことに文句を言ったところでこの魔王が態度を改めるなど考えられるはずもなく。ルミナスはため息一つつくだけで何も言わなかった。
「ところで、私に何か用ですか?」
「そう、お前に渡しておきたいものがある」
 するとヴァンはルミナスに鞘に入れられたサーベルを手渡した。
 鞘には金銀宝石の装飾が施されており、剣の柄にはエンキュリオール家の紋章である双頭の鷲が輝いている。
 ルミナスはこのサーベルに見覚えがあった。
「これは……父が持っていた宝剣」
「それは俺が初代エンキュリオールに託し、先祖代々受け継がれてきたであろう魔剣エンキュリア」
 魔剣、確かにその剣にはこの世の物とは思えない雰囲気をかもし出していた。
 ルミナスが剣を鞘から抜いてみると、刀身は金属の光沢を放ってはいるものの、紅く光りを帯びていて何処かおぞましいものを感じる。
「魔剣エンキュリアはエンキュリオールの契約者に魔王に次いでの絶対指揮権を与える物だ。お前はこれを取り、俺と共に作戦の指揮を取る」
「作戦指揮? 確かに私はそのような教えを受けたことはありますが、うまくこなせるかどうか……」
 そんなことを言う弱気なルミナスに対して、ヴァンは彼女の額にでこピンを一発食らわせた。
 妙に強烈で彼女はよろめいてしまう。
「馬鹿かお前。一国の王たるもの戦争の指揮が取れないでどうする、以前に鉄の女になっても構わないと言っていただろう? 俺はお前に力を与えるが、使うのはお前自身。頭が剣を振らなければ、就いてゆく者も戦うことは無い」
 どんな集団であれリーダーが先導して事と進めなければ、部下は決してついてこない。これは王として当然の義務であり、宿命である。
 兵士達に人を殺させておいて、自分は高みの見物というわけにはいかないのだ。
「当日は政府軍の提供した作戦指令本部に出向き、無線通信によるオペレーティングを担当してもらう。安心しろ、お前達一族は何時だって剣を取って戦い抜いてきた」
 セルビアの歴史は戦争の歴史。国民が一生に2度戦争を経験してきたといっても過言で無いほどで、ヨーロッパの火薬庫とも言われてきたバルカン半島の中心に位置する不安定な地区。
 エンキュリオール家はその中で常に戦いの指揮を取り、勝利し、その地位を確立させてきた。
 ルミナスは魔剣の柄を取り、闇夜の空に振りかざす。月明かりが紅い刀身を照らし、王家の歴史をその色が物語っている。
 戦争の歴史は血の歴史である。ルミナスは戦う運命にあったのだ。
「私は、出来るのでしょうか」
「お前は剣を取った。出来るし、やらなければならない」
 夜は更けていった――

 
 夜明け。地平線から太陽が這い上がり、月は隠れて見えなくなる。人はそれを朝日と言い、それとなく物事の始まりを予感させる時刻である。
 モンテネグロ共和国「ポドゴリツァ」、共和国の行政機関所在地であり、事実上の首都として機能している。
 共和国は現在軍事政権が樹立されているが、彼等の総本部「ポドゴリツァ空軍基地」はここに存在していた。
 静かな朝に響く重低音。飛行するヘリコプターが昇る朝日をさえぎり、悠々とそこに漂っている。サラはそのヘリコプターに乗って、来るべき戦いの準備に勤しんでいた。
「ここが……モンテネグロ共和国の事実上の首都ポドゴリツァ。思ったより綺麗な街だなぁ」
 見とれる先には朱色の屋根と白い外壁が美しい住宅の群れが美しく立ち並び、さらにそれが朝焼けの色に染まっていてまた輝いている。
 だがその向こう3kmにはポドゴリツァ空軍基地の物々しい姿がわずかに見える。そう、これからサラはモンテネグロの軍事政権を転覆させるために政府軍との共同作戦に参加するのだ。
 様々なこと、これからのことを考えてついぼーっとしているサラの肩をやさしく叩く一人の男。すでに準備を済ませたヨハネスであった。
「サラさん、準備は済ませたかい?」
「あっ、ヨハネスさん。もう準備できたんですね、さすが伝説の兵士」
「伝説なんて大げさだよ。伝説なんてものは一様に、実際に見たら幻滅してしまうものさ」
 優しい笑顔をサラに向けてくれるヨハネスは、確かに神聖なる神父の風格を漂わせていた。
 作戦開始は午前5時、現在時刻は4時40分なのでまだ20分ほど余裕がある。
 ヘリは政府軍の秘密キャンプを1時間前に離陸しており、用意された警備の薄いルートを通ってここまでやってきた。予定通り敵の策敵網には引っかかっていないようだ。
「作戦開始まで時間があるね。もし良ければ、君がここで戦う理由を伺いたい」
「戦う理由ですか、そうですね……」
 サラが戦う理由、それはずばり家族のためであった。
 ベオグラード侵略の際、ベオグラードに住んでいる両親と兄弟がモンテネグロ軍の爆撃の被害にあってしまったのだ。
 家は全焼、電気工事屋として働いていた父は木材の下敷きになり、一命は取り留めたが下半身不随となって働けなくなってしまった。
 賃金は2人の子供を養うには足りるはずも無く、灰になった家に残ったのは多額の借金だけ。
 そして届いたヴァンからの王立傭兵騎士団への招待状。真っ先に家を出たサラは元々貧しい家のために働いていたのだが、今回の事件を期に傭兵として戦いに行くことを決意したのだ。
 すべては愛する家族のため、もはやそこに迷いは無かった。
「私が稼がないと弟と妹が学校にいけないんです。奨学金をもらえるほど頭も良くないし、此処はお姉ちゃんとしてビシッと決めてあげようかっ、なんて」
 サラはにっこりと夕日に向かって笑いかけた。
 それはあからさまに強がった笑いであり、ヨハネスには彼女がとても辛い状況にあることは明らかである。
「体は死体、心は人間か。強がるのもいいけれど、時には神にすがっても罰は当たらないよ」
 額・右肩・左肩・胸と指を当てて十字架を表現し、ヨハネスは「神の御加護があらんことを」と祈った。
 それを見たサラは両手の平を組んで目を閉じ、なんとなく祈りを捧げてみることにした。
「神様、私は今から家族のために人を殺しに行かねばなりません。それでも、もしもこれが許されるのであれば私に神の御慈悲をください……」
 作戦開始前の数分が過ぎ、何時の間にかその時が来ていた。無線機からノイズが入り、少しずつノイズが消えてきたと思えば響く女性の声。
 王女兼総司令官ルミナス=エンキュリオール21世であった。
『まもなく作戦開始時刻です。チーム・アモン、チーム・ベリアル、チーム・クロセル、チーム・ダンタリオン、チーム・エンプレスソードは指定のポイントに到着していることを確認してください』
 戦闘服に身を包んだ兵士達がライフルにマガジンを装填し、サラもヘルメットを被って軽機関銃「FNミニミ」を手に取った。
 小柄な女性隊員に装備させるには重い銃器なのだが、すでに心臓の動かない死体、人間をやめてグールとなってしまった彼女はそれほど重量を感じていない。
 荷物の入ったバックパックも不思議と重くなく、彼女は軽々と弾の入ったケースを持ち上げる。サラは改めて自分自身が変わってしまったことに恐怖した。
 ――ああ、私はどうしちゃったんだろう、と。
 作戦開始は秒読み段階へ突入した。一気に高まる緊張感、ロープを掴む手から汗が噴出す。
 そして劇鉄は勢い良く下ろされた。
『午前5時丁度、これより政府軍との共同によるポドゴリツァ空軍基地制圧作戦『蛆の鼓動作戦』を開始します。全部隊は指定ポイントに降下してください』
 ホバリング状態のヘリから兵士達が勢い良くロープを伝って降下してゆく。
 特殊部隊「エンプレスソード」陸上部隊のサラ・ヨハネス・ベルモンドも同様に地面へ降下した。
 ファストロープ降下、地上に素早く着地。地上に足を着けた4人は素早く目標地点へ到達すべく、物陰に隠れながらルートを先行していく。現場指揮官であるヨハネスが全員に指示を出した。
「我々の目標はポドゴリツァとベオグラードを繋いでいた鉄道用線路を復旧させることだ。このまま直進して行くぞ、攻撃の意思があるものは容赦なく撃破する」
 情勢が不安定になる前、こことセルビア首都ベオグラードは鉄道が通っていた。今は線路に電気が通っていないために、駅近くの施設から電源回路を復旧させる必要がある。
 サラ達の第一目標はそれであった。
 一方他のチームが行っているのはあからさまな陽動作戦。早期に発見され早期に警報を鳴らし、住民達を安全な場所へ避難させるのだ。
 これは政府側の意向であり、彼等は自国民を傷つけるほど馬鹿ではない。
 降下ポイントから数分進んだところ、目標と思われる駅に到着した一行。しかし敵もそれほど馬鹿ではないようで、警備兵が駅構内および外周を巡回していた。
「警備兵を5名確認、排除しないと突破は無理そうですね」
 サラがそう呟いたその時、一人の敵兵の脳天にナイフが深々と突き刺さった。
 4人の兵士がそれに気がつき駆け寄ると、懐にもぐりこんだ人影が一人。トゥーハンドソードを両手に持ったベルモンドが2人の兵士を一気に真っ二つにした。
「3人っ!」
 小銃を向ける2人の兵士、しかしベルモンドはお構いなく彼等に突進していく。
 トリガーを引いた、弾丸が射出される。しかしそれはベルモンドにかすり傷一つ付けずに素通りした。1人の懐に潜り込む影、振り上げられた剣が兵士の両腕を切断し、血しぶきが周辺に舞い上がる。骨を切り裂いたそれはさらに兵士の首に当てられ、次の瞬間首なしの死体が完成した。
 一瞬の出来事に怖気づいてしまう敵兵、そんなはお構いなしにベルモンドはナイフを兵士に投げつけ、それは首に刺さる。
 見事な剣舞、銃を持った兵士相手に剣とナイフだけで相手するとは恐ろしいものだ。流石世界中を渡り歩いてきただけはある。
 あっという間に警備兵は居なくなり、代わりに転がるのは物言わぬ死体だけ。
「ベルモンド君、独断専行でチームワークを乱さないでくれ。何のための連携だ」
「今のはスピード解決が一番、増援が来たら厄介だからな。それに俺は一人のほうが気が楽なんだよ」
 意見の食い違う二人が互いに睨み合い、視線の交わる間には火花が散ってもおかしくない。険悪なムードに包まれるチーム、作戦開始早々これでは生きていけるかどうか疑問だ。
「まあまあ此処は抑えて。次回から気をつけましょう、ね?」
 サラが何とかその場を取り持つ。生真面目な神父と自由奔放な剣士、これからが大変そうだ。
 一行は駅の施設内部、電源制御室に侵入し線路の操作端末を起動させた。変電所から送られてくる電気を通電させると思われる「通電」と書かれたスイッチを押してみると、見事メーターの針が振れて電線に電気が供給される。
 そのことを司令部に連絡するために、無線機を手に取るヨハネス。
「こちらエンプレスソード、線路上の駅を制圧。電線を通電状態にした」
 それを確認して総司令官ルミナスが応答する。
『こちら司令部、了解しました。直ちに作戦をフェーズ2に移行します』
 作戦フェーズ2、それは線路を使ってヴァンの用意した秘密兵器とやらを列車で運んでポドゴリツァに突撃させるというものであった。
 何を突撃させるかというのは聞かされていないが、とにかく巨大な敵空軍基地を迅速に制圧するためには必要不可欠なものらしい。
 上官に振り回される部下の身にもなって欲しいと、つくずく思うサラであった。
「ああもう、ヴァンさんの考えてることは訳が分かりません」
「全く持って同感だ。だが列車で運ぶほどの秘密兵器、それなりに巨大なものとは推測できるな」
 いろいろと考えを巡らせて見るヨハネスであったが、思いつくのは戦車くらいの物。
 魔王というからには相当な物を持ってくるのかもしれないが、人知を超えた物である可能性もあるために分かるはずも無かった。
 無線から聞こえるのはルミナスの指示、各部隊の報告。
『こちらチーム・アモン。警報を鳴らすことに成功した。これよりチーム・クロセルと合流し、引き続き陽動作戦を継続する』
『チーム・クロセル了解。政府軍の民間人保護部隊はまだか?』
『こちら司令部。民間人保護部隊は今そちらに向かっています。もう少し耐えてください』
『チーム・クロセル了解』
『列車到着まであと10分。チーム・ダンタリオンは敵勢力へのピンポイント爆撃を開始してください』
 列車到着までは敵兵を出来るだけ消耗させろとの命令が下されていた。
 地上部隊が敵勢力と交戦している隙を突いて、空挺師団であるチーム・ダンタリオンが航空爆撃を行う。
 しかし爆撃とはいえ、ただの爆撃ではない。空挺師団、それは空を飛ぶ魔物と魔術師達で構成された魔法攻撃部隊なのだ。

 チーム・ダンタリオン、すなわち空挺師団Dチームはポドゴリツァ市街上空を飛行していた。
 騎士団に集めたれた104人の人間の内、30人は魔法を操る所謂魔法使いといわれる人間達だ。
 魔法、それはファンタジー限定の事柄ではなく、ただ単に世の表側に姿を出さなかっただけのこと。
 黒いローブを羽織って箒にまたがり空を飛ぶ魔女、そんな人間は表ざたにはならないものの、確かにこの世界に存在していたのだ。
 まあ伝説の魔王が存在するのだから、今更驚くほどのことでもないだろう。だが現代戦闘において魔法の力というのはファンタジーほど強力な物ではなく、騎士団の魔道士たちはローブなんか羽織らずに指定の戦闘服に身を包んでいる。
 またがっているのは箒ではなく、パンツァーファウストⅢ(対戦車榴弾発射器)やらジャベリン(対戦車誘導弾)などの長物・大型対物火器に跨って空を飛び、何時でも対物攻撃を仕掛けられるように工夫されていた。
 魔法使いといえど所詮は人間、撃たれれば死ぬし、撃たなければ死ぬのだ。
 そしてこのDチームは今回の作戦で、敵勢力への空爆という任務を任されていた。
「列車到着まであと10分。チーム・ダンタリオンは敵勢力へのピンポイント爆撃を開始してください」
 ルミナスの指示が聞こえると、Dチームの魔道兵士達は一斉に呪文を唱え始めた。
『火よ、我の言葉に従い、その姿を示せ』
 セルビア語ともロシア語とも違う、恐らくはラテン語と思われる呪文が読まれた。
 そして魔道兵士達は懐から手榴弾を取り出し、それを地面に放り投げた。
 するとどうだろうか、放り投げられた手榴弾は赤く燃える火の玉となり、敵兵の足元に落ちたと思ったらすぐさま炸裂。爆発範囲はかなり広く、飛び散った金属片が敵兵の肉を抉り、さらにその金属片がまた爆発する。
 そう、魔道兵士たちは手榴弾に魔法をかけ、さらに強力な爆発物に変えたのだ。
 これが空挺師団の爆撃、「魔法付手榴弾爆撃」である。
「へぇ……」
 それを眺めて感心していたのは、Dチームと共に行動していたメフィストであった。
 背中に生えた真っ赤な翼でふわふわと空中を漂う、戦闘服を着て銃を持った悪魔。
「流石ヴェーデルハイム様、魔道士にこのようなやり方で戦わせるなんて賢いわ。同じ魔法使いとしてどう思う? 眼帯女」
 メフィストの隣で飛行していたのは眼帯をして蒼髪をなびかせる魔法少女、フランシスカだった。
 彼女は指定の戦闘服ではなく軍服を着用しており、その上には黒いローブを羽織っていて、跨っているのも昔ながらの藁箒であった。
 しかし取っ手の先端にはグレネードランチャーが装着されており、一応は現代戦仕様にカスタマイズされているようだ。
 メフィストの言った「眼帯女」という単語が気に障ったのか、フランシスカはメフィストに近づいていった。
「ぎゃあっ」
 なんとフランシスカはメフィストの頬をつねったのだ。それも強く、かなーり強く。
 痛がるメフィストがやっとの思いで手を引き離し、フランシスカを睨みつける。
「ちょっと、あんた何すんのよ! 超痛かったんですけどー」
「ごめん……手が、……滑った」
 滑ったからってあれほど強くつねるはずも無く、用はフランシスカの報復ということだろう。
 無表情で口数が少ない彼女だが、これでも結構気が短い。伊達に意地悪な魔女の血を引いていないのだろう。
 現在Dチームの魔道兵士達は、ヴァンの召喚した悪魔達とバディを組んで行動している。脆い人間である彼等を守るためには、悪魔の強力な力が必要不可欠だ。
 そんな理由があって二人は共に行動しているわけで、そうでなければ人間嫌いのメフィストがフランシスカと行動するはずが無い。
 悪魔メフィストフェーレスは、そのためにさっきからストレスが順調に溜まっている訳だ。
「うわーっ、コイツマジムカつく。そんな態度じゃいざと言う時守ってやんないんだから」
「………………」
 フランシスカは駄々をこねるメフィストをよそ目に、懐から気色悪い色をした林檎を取り出した。
 その林檎は毒々しい青紫色に染まっており、漂ってくる匂いもアンモニア臭がかなりキツイ。
 彼女は一緒に取り出した試験管にその林檎の皮を剥ぎ取って入れると、口の中でためていた唾をたらして栓をした。
「何やってんのあんた。腐った林檎を見て涎たらすなんて、そんなに空腹なわけ」
「メフィスト……、貴方こそ……おなか減った……?」
 そう聞くと彼女はメフィストにその試験管を手渡した。
 ――食えというのか、これを。
 そう思ったメフィストは全力でお断りするのは至極当たり前の反応だった。
「要るわけ無いでしょそんなの、大体あたしの主食は人肉なの」
「……これはアスフィクシオフィリア魔法劇薬。……この林檎に繁殖しているアスフィクシオフィリア菌が私の唾液と反応を起こして大繁殖し、それが人間に空気感染すると頚動脈に血栓を生じさせて酸欠状態にする……。これをあそこで交戦している敵分隊に投げつけて、もがいている所を攻撃してくれるとうれしいな…………」
 つまりは薬を投げつけて敵兵を酸欠状態でグロッキーにしたところを、メフィストに叩いて欲しいと言っていた。だが人間の言うことを聞くこと自体が気に障るメフィストにとって、彼女の提案に乗るにはまだ決定打では無い。
 しかし、次のフランシスカの言葉で彼女の目の色は変わった。
「ちなみにこの薬は、人間の肉を柔らかくして爽やかな林檎フレーバーを付加する」
「……調味料って事? あんたその為にその薬を用意してきたの?」
 そう、フランシスカは人間を食べると聞いていたメフィストのために、食事のお供である調味料をわざわざ用意してきたのだ。
 魔女は箒に跨って空を飛び、サバトと言う魔女の夜宴で悪魔との乱交が行われたと言う伝説があるが、これはあながち間違っていなかった。
 ベス・ディーロイヤ式魔術は、古来よりヨーロッパで忌み嫌われていた悪魔崇拝と言われる宗派その物でもあり、ベス(ベス・ディーロイヤの略称)の魔女たるもの悪魔を悦ばせて一人前と言うのが慣わしである。
 つまりベスの魔女であるフランシスカは、悪魔を悦ばせる事に関してはプロ中のプロなのだ。
 唾を飲み込みながらメフィストは試験管を受け取り、良く効く鼻でその匂いを確かめてみた。
「……何これ、超良い香り。凄く食欲が出る香りだわ」
 きついアンモニア臭は何処かへ消え、漂ってくるのは香ばしい焼き林檎の甘い香り。だけど何処かスパイシーな感じはメフィストの腹の虫を奮い立たせた。
「ああもうっ!」
 居ても立ってもいられなくなったメフィストは見方が苦戦している敵の集団へ飛んで行き、渡された試験管を勢い良く投げつけた。
 するとどうだろうか、敵兵達は突然倒れてもがき苦しみだしたではないか。
 酸欠状態で意識がもうろうとし、平衡感覚を失って銃も取れない。そして鷹のように飛来したメフィストが、真っ先に倒れた兵士の顔面を鷲づかみにする。彼女の顔が、兵士の息がかかるくらい近づいた。
 意識がもうろうとしている兵士の目には、若くて美しい娘がキスをしようとしているように見えている。
 ――もう貴方を放さない、私を抱いて、ねえ、お願い……。
 そんなことを言うはずも無く。
「いただきまーす」
 メフィストの口が耳の付け根まで裂け、鮫よりも鋭い歯が兵士の両頬を丸かじりにした。
 キス、と言うには余りにも激しすぎる。人間の一番おいしい頬肉を食ったらもう用済みのようで、メフィストは虫の息の兵士を他の兵士に勢い良く投げつけた。脊髄とあばら骨が接触事故を起こし、生々しく鈍い音が大きく響く。
 銃口を向けようと必死に腕を持ち上げる兵士だが、それに気がついた彼女に腕を引きちぎられて胸倉を掴まれた。そしてまた悪魔のようなディープキスが繰り返される。
「凄い、骨まで柔らかくなってる。さらに甘い林檎のフレーバーとマッチしたシナモンの香りが絶品……」
 メフィストはもがき苦しむ兵士達(料理)を、これでもかとむしゃぶりつくした。
 そう、すべてはフランシスカの思惑通り。
 彼女は表情を変えることなく、そして他の魔道兵士達もまた同じく、作戦は順調に進んでいった。
 だがここで、彼女の注意を引く無線通信が入る。
『こちらエンプレスソード陸上部隊! 駅に敵部隊が集結しつつあり交戦状態となっている、至急救援を求む!』
 最重要ポイントである電源施設のある駅に、敵が線路の状態を察知したのか人員が送られてきたのだ。
 今回の最重要ポイントであるこの駅が敵に奪還されれば、ポドゴリツァ空軍基地を落とすことなど不可能。
 それを聞いたフランシスカはすぐさまにサラ達と合流すべく、メフィストにそれを伝えた。
「聞いた……?」
「全く、やっぱあたしが居ないと人間はダメね」
 二人は彼等と合流すべく、駅に向かった。

 鳴り響く銃撃、耳の横をかすめる銃弾。敵の兵士がどんどん集まって、弾幕の密度はさらに上がってゆく。
 駅周辺の僅かな障害物に身を隠して、エンプレスソードの3人は必死の抵抗を続けていた。
「敵が沢山集まってきましたね……」
「あっけなく作戦を読まれたか。まあ、そこまで敵が馬鹿ではなくて安心だけどよ」
 サブマシンガンの標準を定めながら暢気にもそんなことを言うベルモンド。冗談じゃない、現在の状況で明らかに安心できるわけが無い。
 サラが軽機関銃で、ヨハネスがアサルトライフルで弾幕を張っているからいいものの、状況は3対それ以上の不利なところ。
 増援は要請したので到着まで持ちこたえれば何とかなるのかもしれないが、いかんせん戦力に偏りがありすぎる。
「ヨハネスっ、神父なんだろ? 神様が助けてくれるように祈ってくれよ」
「馬鹿いうな。今両手が塞がっていて懐にある聖書を開くことが出来ないんだ」
 聖書を開けば何とかなるのかいと突っ込みたくなるサラであったが、とにかく今自分が何か出来ないかと必死に考えてみる。
 彼女はあくまで歩く死体であり、この二人と違って人間ではない。
 ゾンビになってしまったことはとても辛いけど、誰かを守るためにこの力が与えられたのならば、自分はそれを最大限に生かさなければならない。
 使えるものは使う、それが戦場。
「よしっ!」無謀にも立ち上がるサラ。
 それを見たベルモンドは彼女の正気を疑った。
「おい馬鹿っ、死ぬ気か馬鹿っ!」
「もう死んでます。だから私、生きていると思い続けます!」
 彼女は右手に軽機関銃、左手にアサルトライフルをもって敵陣にその姿を見せ付けた。
 弾幕の中をゆっくり、そして確実に歩いてゆく。そして次の瞬間、彼女の肉を無数の銃弾が抉った。
「あああああああああああああああぁああぁあああっ!」
 声にならない声、断末魔、悲鳴。
 体内に入った銃弾が方向を変え、体の肉と言う肉の中を暴れ周り蹂躙する。
 あばら骨はすべて打ち砕かれ、大腿部の肉が無残にも吹き飛ばされる。敵の集中砲火は文字通り彼女の体を蜂の巣にした。
 だがそれでもサラは、引き金にかけた指を退かそうとはしなかった。そう、彼女は歩く死体。死してなお、戦い続ける不屈の戦士である。
「私は死体、歩く死体……。だからどんなことがあっても立ち続けますっ!」
 ――たとえ肉が千切れても、心臓がミンチにされようが、私は引き金を引き続ける。
 耐え難い苦痛の中でも彼女の意識はハッキリとし、骨がむき出しになったことも確かに分かっていた。
 しかしどうだろうか、今この場で最も恐ろしいの彼女である。
 千切れた先から再生する指先、飛び出たはずの内臓が自ら元あった場所へ戻ろうとしている。服も破れて肋骨も飛び散った上半身も、無くなったとたんに再生を繰り返す。
 これが魔力を供給された不死の体、彼女はその力を存分に発揮していた。
「何だあいつは、ゾンビだっていうのかよ!」
 恐れおののく敵兵、彼等はとにかくサラを銃弾の反動で押し戻すことだけで精一杯となった。彼女は見事に敵の注意をひきつけることができた。
 そして隠れながら攻撃を続けていたヨハネスたちの下に、増援を聞きつけたフランシスカとメフィストが駆けつけた。
 着地するや否や箒の先に取り付けられたグレネードランチャーを構えるフランシスカ。
「状況は……?」ヨハネスに聞くフランシスカ。
「見ての通り思わしくない。不死身の乙女が頑張ってくれてはいるものの、このまま敵が増援を続けた場合はお手上げですね」
「そう……」グレネードランチャーの照準を合わせる。引き金を引き、発射。炸裂。
 装填されていた弾も同じく魔法が付与されていたようで、通常の火薬量では考えられない爆発が敵を襲った。しかしこのままではいずれ弾も尽きてしまう、そうなったら不死身だろうがなんだろうがお手上げだ。
 早く列車が来てくれればと、ここにいる全員がそう願った瞬間だった。
『我は恐怖の大王、奈落の底より降臨した、絶望と恐怖の権化なり』
 何処からとも無く聞こえてくる声。
 すると線路を走る列車の音が近づいてきた。耳に響く汽笛の音、それは確実にこちらに迫ってきている。
 来た、恐怖そのものが。
『我は今憤りを感じている。何故かと問われれば答えてやろう』
「来たか魔王、ヴェーデルハイム」ヨハネスは音のする方向へ視線を向けた。
 猛スピードで線路を走ってきた貨物列車が、甲高い音を立てて急ブレーキをする。
 余りにも速い速度であった、道中に転倒事故を起こしていてもおかしくない位。
 そんな列車の先頭車両の上に仁王立ちするのは恐怖の大王、魔王ヴェーデルハイムであった。
「待たせたな騎士団、お待たせだ豚野朗共」
「遅いぞ魔王、天に召されるかと思ったよ」
 紫の三つ編みが風に揺れて、とんがり帽子が風で形を崩している。
 視線を合わせただけで刺し殺されそうなほど鋭い目が、敵兵士達を釘付けにしていた。
 服は戦闘服でなく、軍服の上に漆黒のコートが包まれている。
 両手に持っているのは銃身を切り詰めた50口径対物ライフル2丁、以前にもまして人間離れした装備だ。
 それと時を同じくして、ルミナスの無線通信が入る。
『列車到着、作戦をフェーズ2に移行します。ヴェーデルハイム、当初の予定通り作戦指揮権をあなたに譲渡します』
「イエスクイーン、任せておけ姫様」
 ヴァンはそう高らかに笑い声を上げると、敵兵士達をその針のような視線で突き刺すように睨み付けた。
「貴様等は俺の宮殿が眠る土地を、愚かにもその汚れた足で踏み荒らした。これは死んでも償いきれない大罪であり、貴様等は魔界の最高裁判に裁判にかけられた!」
 そうヴァンが言い放つと、一斉に貨物列車に積まれたコンテナの扉が開く。中から出てきたのは、全くもって予想外の者達であった。
「おいっ! あいつ等は!?」
 真っ先に視認したベルモンドが指差す先には、コンテナから続々と出てくる兵士達。モンテネグロ軍の兵士達だった。
 確かに装備は銃から何までモンテネグロ軍その物であり、その場に居たヴァン以外の人間達が全て混乱する。思わず構えていたグレネードランチャーの銃口をコンテナの方向へ向けるフランシスカであったが、彼女はすぐに彼等が異質な存在であることに気がついた。
「ソルジャーマゴッツ……」フランシスカはそう呟いた。
 ぞろぞろと歩いてゆく異質な兵士達。だが彼等はヨハネスやサラには目もくれず、向かってゆくのは共和国軍の陣営。
 敵兵士の弾幕が止んだ。
「おい、なんだよあれ。捕虜にされてたっていうのか?」
「見ろよ、バルトビッチが生きてやがった!」
 敵兵士達は仲間の帰還に歓喜を上げる。捕虜の返還だと思っているのだ。
 しかし、冷徹な魔王ヴェーデルハイムはそんなことするような存在ではないのはお分かりだろう。
 そう、彼等は彼等であって、彼等ではない。
「魔王裁判の判決を言い渡す。被告モンテネグロ共和国軍は、仲間同士での共食いの刑に処する!」
 ヴァンがそう叫ぶと、なんと放たれた共和国軍の兵士達が敵の共和国兵士に襲い掛かって行ったのだ。
 銃を持つ物は仲間だった物へその口を向け、なんの躊躇も見せずに引き金を引く。
 まさか、ありえないと思っていた敵兵士達は銃口を向けることにためらいを感じ、無念にも仲間だった物に撃ち殺される。
 状況を冷静に判断した者はとにかく迫る脅威を払おうと鉛弾を叩き込むが、迫ってくる元友軍は亡者のように物ともせずにじり寄ってくる。
 コンテナから放たれた兵士達は皆、自我を失うどころか歩く死体と化していたのだ。
「いいぞ。泣け、わめけ、叫べ、そして死んで罪を償え」
 阿鼻と叫喚の地獄絵図が再び、この戦場に降り立つ。そんな光景を見て一番驚いていたのは、エンプレスソード隊の兵士達だ。
「おいおい、仲間同士で殺し合いだって? 捕虜を返還したんじゃないのかよ」
「ソルジャーマゴッツによる人体コントロール。ベス・ディーロイヤ術式名『ネクロフィリア』」
 相打ちの地獄を見て驚くベルモンドに、何かを知っているようなフランシスカが答えた。
 ソルジャーマゴッツ、魔界に生息する蛆虫。彼等は主に人間の脊髄や脳細胞などの神経系を好んで食べ、死に絶えた人間の体に生体電気信号を流してコントロールをするいわば「洗脳蛆虫」である。
 この蛆虫は蟻のような社会的昆虫であり、ベス・ディーロイヤ魔術「ネクロフィリア」ではこのソルジャーマゴッツのリーダー格を術者の体内に寄生させる事によって、蛆の軍団の指揮を取ることができるのだ。
「魔王ヴェーデルハイムは魔界の王であるからして、ソルジャーマゴッツを実質無条件で指揮することが出来る……。おそらく……先日ベオグラードを襲撃してきた敵兵の死体に、蛆達を寄生させた……」
 つまりはヴァンが蛆虫たちを通じて、敵兵の死体を操っているのだ。相変わらずボソボソとフランシスカは説明する。
 だがそんなことをしている間にも、コンテナからは次々に操り死体が沸いて出て来る。飛び掛って噛み付く物、首を絞めて殺す者、ナイフで切りかかる者。
 中にはバックパックにプラスティック爆弾を詰め込んで、敵陣に神風特攻を仕掛ける物も居た。
 一般市民は協力する政府軍によって事前に避難を完了していたため、無駄な犠牲を払う必要はない。
 ヴァンが放ったその秘密兵器達によって敵勢力は大きく削がれたが、あまりに酷い戦い方でRHK兵士も手の出しようが無かった。
 死者が蛆虫どもに操られ、仲間だった物たちとの共食いをしている。街を焼いた張本人たちとはいえ、サラはそれを見て胸に詰まる物があった。
「こんなのって……、絶対に違う!」
 これは死者への冒涜だ、たとえ自分を殺した人間達であろうと、こればかりは人の道に反する。
 サラは居ても立ってもいられずに、列車の上で楽しそうに眺めているヴァンの元へ駆けて行った。
 列車をよじ登り、ヴァンの目の前に立つ。
 彼女はそこで、何を血迷ったか魔王ヴェーデルハイムに銃を向けた。
「この、人でなしっ!」
「銃を向けたかと思えば人でなしと言うか。馬鹿だな、俺は人ではないぞ?」
「私は心臓が止まっていても人間です、あなたとは違って人の心があります。だからこんな死者を操って仲間同士で殺し合いをさせるなんて、人の心が許しません!」
 ふと気がつくと、サラを追って列車に登った神父ヨハネスも同じく、ヴァンに銃口を向けている。
 首にかけた十字架を手に取り、彼は言った。
「同感だ。国のために戦ってくれるのならと思っていたが、やはり貴様は悪魔。このような行為を神に仕える者として見過ごすことは出来ない」
 仲間二人に銃を向けられる魔王だが、全く恐れていないようだ。
 相変わらず鋭い魔眼が二人を突き刺すが、サラはそれに全く動じない。たとえ傭兵になっても自分は人間、非人道的行為などもってのほか。それが矛盾していると分かりつつも、彼女は銃口を退かさなかった。
 すると本部から無線通信が入り、ルミナスの声が発せられる。
『ヴェーデルハイム、状況は聞きました。直ちに操っている兵士達を解放しなさい』
「おいおいお姫様まで。作戦は至って順調、死体処理費用も浮いて皆幸せ。まさか俺にこんなに楽しいことを止めろと言うのか?」
『バトラーから聞きました、エンキュリオールの血が途絶えたと同時に魔王は血族の契約から解放され、再び地下宮殿に封印されるようですね……』
「馬鹿め……」ヴァンは舌打ちした。
 血族の契約は魔王と人間が相互利益のために結ばれる物で、魔王は勇者の封印を説かれる代わりに、契約者の願いを聞き入れる。
 契約者の血統が途絶える、つまりルミナスが自らの命を絶ってしまえば魔王は再び封印されると言うことなのだ。
「流石エンキュリオール。魔王に脅しをかけるとは、1500年前の勇者達を思い出させるな」
 そう言うとヴァンは指先を天に上げる。
 するとその指先にスズメバチほどの大きさのハエが止まり、ヴァンはそれに話しかけた。
「すべての宿主を解放、死体は残さず食ってしまえ」
 そのハエこそがソルジャーマゴッツのリーダー格であったようで、街に放たれた死体たちは次々に動きを止めていった。止まった死体をあふれ出た蛆虫たちが包み込み、肉を全てくらい尽くして骨に変える。
 その後蛆虫たちは魔王による魔力供給を断たれ、血生ぐさい地面に溶けて消えていった。
「全く、お前達は1500年前に俺を倒した勇者達のキャラバンにそっくりだ。勇敢さと言い、妙に感情的なところといい、無駄に愚かな所といい」
「操るのを、止めたんですね?」一番最初に食いついたサラが、ほっと胸をなでおろす。
 同じくしてヨハネスも銃を下げて額の汗を拭った。
「しかしサラ、お前が私を睨みつけていたその眼。この世の物とは思えないほど美しかったぞ?」
 睨む眼が美しいと言われても嬉しくないが、ヴァンにはそう見えたのだろう。おそらくは彼女の強い殺意が現れたのか。
 サラは照れくさいのか訳が分からないのかどうか知らないが、右肩よりに首をかしげることになる。
 とにかく死体たちは安らかな眠りについた、作戦フェーズ2は失敗に終わったが。
「こうなったら列車で空軍基地まで一気に接近するぞ。全員先頭車両に乗り込め、振り落とされないようにな」
 ヴァンの指示に従い、エンプレスソードの隊員達は列車の先頭車両に乗り込む。
 魔王は気に食わないが、今彼に従わなければ目的を達することが出来ないのは皆分かっているのだ。
 彼は人でなし、人の考えを理解するまでまだまだ時間がかかりそうだ。
「まったく……、神に仕える神父の立場と言う物を考えて欲しいな」
 ヨハネスがため息をつきながら、先頭車両の梯子を登る。

『魔王ヴェーデルハイムの名の下に命ずる。百脚の魔よ、鋼の馬車の列に降り立ち、その姿を権化させよ』
 全員が車両に乗り込んだのを確認すると、列車の屋根に手を置いて呪文を唱えた。
 すると列車の底から億千万の大ムカデが這い上がって来たではないか。
 悲痛な叫びを上げるサラを横目に、ムカデたちはやがて列車のいたるところへ吸い込まれるように消え、車両を異質な物へと変化させてゆく
 やがて列車は姿を変え、車両に百の足が生えた化け物へ変貌した。
「行けっ、スーパー・モンスター・センチペイド! ポドゴリツァ空軍基地まで一直線だ」
 百本の足がぞろぞろと蠢き、列車だった物はレールの上を外れて街を駆け出し始めた。障害物だらけの市街地を器用にも足を動かし、まさにムカデの動き方を見せている。
 列車内はその器用な足の動きで全くと言っていいほど揺れておらず、地面も常に平行を保たれていた。
 虫が苦手なサラはもう放心状態だ。
「凄いなー、列車をムカデに変えちまうなんて。ヴェーデルハイムさんよ、これからどうするつもりだぁ?」
 何故だか状況に良く溶け込めているベルモンド。鼻歌を歌いながら列車の上に立っているヴァンは、彼の問いにご機嫌な口調で答えた。
「敵勢力は先の戦闘で疲弊している。その隙を突いて敵本拠地に悪魔達を集めて強襲をかけ、我々が迅速に敵将を討ち取る」
 フェーズ2は失敗したが、敵兵はソルジャーマゴッツとの戦闘で精神的・肉体的にも疲労困憊だろう。
 無理も無い、あんな地獄のど真ん中で戦っていたら誰だって気をおかしくする。
 とにかくこのチャンスを逃す手は無いので、このまま大ムカデに乗って空軍基地に突撃し、蹂躙し、敵将もろとも瓦礫の中に埋めてやろうと言うわけだ。
 方法はいたって簡単、踏みつけて壊せばいい。
 ヴァンはそのことを伝えるために、全部隊の悪魔・魔物達に命令を下した。
『フェーズ2は破棄。これより敵拠点の制圧に入る。全部隊の悪魔はメフィストフェーレス先導の下、ポドゴリツァ空軍基地に集結せよ』
 陸上部隊の人間兵士達はすぐに移動することは難しいが、空を飛べたり、陸上をとてつもない速度で走れる魔族は即戦力となる。
 さらにこの大ムカデに乗っているのは精鋭部隊エンプレスソード。強襲をかけるには十分な戦力だ。
 大ムカデはあっという間に空軍基地のバリケード前に到着するが、配置された戦車やら装甲車やらを踏みつけて乗り越えてしまった。敵兵達はさぞ恐ろしい光景を目の当たりにしただろう。
 そしてついに大ムカデは、敵将を目前に控えた空軍基地敷地内に進入する。だが突撃は此処で終わらなかった。
「おいっ、このままじゃ管制塔に突っ込むぞ!」
「止まったら負けだ、楽しくもなんとも無い。戦争は仕事だ、仕事は楽しむ物だ」
 施設のコンクリート壁に轟音を上げながら突っ込む大ムカデ。崩れ落ちる航空管制塔、それはまさに木っ端微塵となり崩れ落ちる。
 あらゆる物が一瞬にして瓦礫の山へと変わり果て、先頭車両は見事施設中枢に到着した。
「空軍基地中枢に到着。全員列車から降りろ、戦争の再開だ」
 放心状態だったサラも強烈な轟音で眼が覚めたらしく、他のメンバーと一緒に列車から降りた。
 周辺は粉塵で視界が非常に悪く、敵もこちらを視認できないが、こちらとてそれは同じ事である。
 だがその状況もまもなく終わる、塵は煙と違ってすぐに降りて無くなるからだ。
 すると列車から降りたフランシスカは、地面に積もった塵の上に魔法陣を描き始めた。そして彼女は自分の髪の毛を一本抜いて、その魔法陣の中心におき、呪文を唱える。
『アガルマト・フィリア。御前に来い、フランベルジュ……』
 するとその魔法陣が例の如く光りを放ち、周辺の粉塵が黒く染まってゆく。物がないのに地面には影が落とされ、その影は徐々に立体的な形を取り留める。蜃気楼のように浮かび上がった物陰は、次の瞬間に大きな騎士甲冑へと姿を変えた。
 フランシスカの使い魔、フランベルジュである。
「……フランベルジュ、戦闘行動開始。銃撃による敵殲滅を許可する」
 甲冑は静かに頷いた。
 もぬけの殻のように見えるフランベルジュであるが、その甲冑は両手に回転式多銃身重銃(ガトリング砲)を2機搭載している。
 給弾ベルトは甲冑の隙間から伸びており、本当に中の人は居ないのかも知れない。
 そしてフランベルジュは、ガトリング砲の銃身を構え発射した。
 モーターが銃身を回転させ、毎分6000発の銃弾が火を噴きながら飛んで行く。
 すると次の瞬間、煙の向こうから多くの人間の断末魔が聞こえてきたではないか。
 数百発の銃弾を思う存分食らい、弾け飛ぶように肉片が血飛沫と共に舞い上がるのが、粉塵越しでもハッキリ分かる。
「断末魔っ? やはり塵が降りるのを待っていたのか」
 フランベルジュはこの塵の中でも敵が見えていたようで、的確かつ一方的に殺すことが出来た。
 対物ライフルを両手に持つヴァンは、塵が降りたら行動に移すと隊員に指示する。
「フランベルジュとフランシスカ、ベルモンドは派手に暴れて陽動をしろ。残りは俺について来い」
『了解』
 3人は陽動に敵兵が気を取られている隙に、指令本部を目指しその場を後にした。

 指令本部と思われる部屋を、施設内部の案内図を頼りに探す3人。
 政府軍の情報では指令本部にクーデターの首謀者である「ニコラ=ジュカノビッチ将軍」が潜伏していると思われ、彼とその側近等を排除することが出来ればクーデター軍の作戦指揮能力は崩壊。作戦は成功と言うことになる。
 しかし事はそう簡単に進むはずも無く、施設内部に侵入した3人を敵が見逃すことは無かった。
「こっちだ! 見つけたぞっ」
 3人はすでに追っ手に視認されており、施設内部を良く知る敵にはすぐ追いつかれてしまう。
 とにかく走り続けるが、それもまもなく終わりを告げた。
「ヴァンさん、まもなく作戦指令本部ですっ」
 サラが構内図を見ながらそう報告すると、丁度分かれ道に差し掛かる。するとヴァンはいきなり立ち止まり、同じくヨハネスもその場で銃を構えた。
「サラ、お前は先に行って指令本部を制圧しろ。俺とヨハネスは此処で追っ手を食い止める」
「えぇっ、私がですかっ?」
 サラは驚きを隠せず、自分のことを指差してヴァンに再び確認を求める。しかし彼の眼は確かにサラのことを捕らえており、もはや聞き返す必要もなかった。
「お前はともかくヨハネスは人間、人間があの追っ手を一人で相手することは流石に出来ないだろう。正面から堂々と殴りこみ、ベオグラードの借りを鉛弾で返却してやれ」
 ヴァンの隣ではヨハネスが親指を立てており、自分は大丈夫だと示している。サラは拳に力を入れて深呼吸をし、2人に敬礼をした。
 ――此処は彼等に任せよう、絶対に大丈夫だ。
 そう思いながら。
「サラ=ジェンドリン一等兵、行きます!」
 彼女は司令部へ力強く駆け出し、曲がり角を曲がってその姿を消した。
 それを見送り2人は銃を構えなおす。
 その瞬間、ベストタイミングと言ったところで敵の追っ手が2人の目の前に現れた。
 3人、6人、8人、次々に2人を取り囲む。いまや2人は籠の中の鳥、人間の鉄格子に隔てられた囚人である。
「ずいぶんとやってくれたじゃないか政府軍。手を上げて床に伏せろ、さもなくば撃つ!」
 数十個の銃口が2人の脳天を向き、殺意が一点に集中する。
 するとヨハネスは、懐から一冊の聖書を取り出した。
 戦場に持ち込む物としては変に不自然で、ヴァンはその行為の意味を理解することが出来ない。多少驚いた口調でそれを問う。
「何だ神父、戦場にまで聖書を持ち込むとは熱心だな」
「私は神に使えし者。この体全てが神にささげられた物であり、与えられた武器はそう、神の裁きとなりえるのだ」
 聖書のページを開き、その文を声に出して読み始める。
『ルカの福音書六章二十七~二十八節。しかし、いま聞いているあなたがたに、わたしはこう言います。あなたの敵を愛しなさい。あなたを憎む者に善を行ないなさい。あなたをのろう者を祝福しなさい。あなたを侮辱する者のために祈りなさい。でなければ……』
 言うことを聞かないだろうと判断した敵兵は、聖なる言葉に耳を傾けず引き金を引いた。
 発射される弾丸は空気を切って2人に向かう。直撃は免れない、ヴァンはともかくヨハネスは生身の人間だ。本来なら次の瞬間に死亡しているだろう。
 しかし、そうはならなかった。
「貴様等はイーシュ=カリッヨートのユダと断定する。弾丸のキスなどお断りです」
 なんと発射された弾丸は空中で静止していたのだ。
 物理法則を無視したありえない現象だが、これに理由が無いはずなどない。
 ヨハネスの持っていた聖書のページが、バラバラになってそれぞれの弾を遮っていた。それを見て唖然とする敵兵と、それを見て口元を笑いでゆがめるヴァン。
「思っていた通りか。神父ヨハネス、お前は法術使いだな」
「イエス、我はセルビア正教会の前駆授洗者ヨハネスなり。只今殺意を遮断する対殺結界を展開したため、殺意の込められた貴様等の銃弾を通すことは出来ない」
 法術、それは古来キリスト教で伝えられし、対魔術術式である。
 キリスト教会が異端殲滅、つまり魔女および悪魔を殲滅するために編み出された。
 表面上なんら魔術と変わりないとも言えるが、絶対的に違うのは「魔力」を消費しないことである。
 正教会を宗派とするヨハネスは、守護結界・傷の治癒・封印および拘束を得意とする専守防衛の守衛法術「正教会法術」の達人。
 すべては祈りから、強い信仰の心から来る神の力。
 そして静止していた銃弾は空しくも地面に墜落し、それを合図とするようにヨハネスは兵士達の下へ駆け出す。懐に潜り込んだ彼は、素早く敵の銃に手を置いた。
 すると不思議なことに、兵士がいくら引き金を引いても銃弾が発射されることは無い。
 良く見るとヨハネスの手には、聖書の一文が書かれた手袋がはめられていた。
 彼は聖なる言葉を手袋に書き込むことで、手のひらに殺意を遮断する結界を張っているのだ。だから兵士が引き金を引いても銃弾が出てこないのだ。
 それをいいことにヨハネスは銃を奪い取り、銃口を敵のほうへ向けて引き金を引く。
 瞬間的に銃弾は肉を抉り、おびただしい量の血液が舞い上がる。
「ヴェーデルハイム、感心してないで手を貸せ!」
「分かっているさ司祭、言われなくとも」
 華麗な近接戦闘を繰り広げるヨハネス。
 ヴァンも負けまいと両手に構えた対物ライフルを豪快に撃ち込んだ。
 大口径の弾丸が人体を木っ端微塵にし、跡形も無くその場から消し去る。弾丸には膨大な量の魔力が封じ込められており、人体に入り込んだら最後、全身の血液が沸騰して水風船のように爆発するのだ。
 さっきまで鳥籠同然だった場所が、一瞬にして魔女の釜の底となった。
「馬鹿な、ふざけるな畜生っ。こんなことがあってたまるかぁああああああ!」
 突然の状況でパニックに陥る兵士だが、そんなことは気にかけずヨハネスは敵の銃に手をかける。
 次の瞬間、ありえないほど素早く慣れた手つきで敵のサブマシンガンを分解してしまった。
「剣を取る者は剣で滅びる。だが剣は滅びた、貴様は剣では滅びない」
 ナイフを取り出して刺そうとするが、またもヨハネスがそれを奪い取り、兵士は完全な丸腰となった。
 そこを狙って、ヴァンは銃口を向ける。
「剣を取らぬ者でも剣で滅びる。何故なら俺が滅ぼすからだ」
 発射された大口径の魔力弾が再び敵兵を肉片に変えた。結界の内側からなら銃弾を通すようで、まさに一方的な殺戮行為が行われる。
 2人の恐ろしさなど知らずに突撃していった兵士達は、空しくもその命を藁のように捨てていった。
 
 その頃、指令本部では事態の収拾に追われていた。
 クーデターを指揮したモンテネグロ共和国軍のジュカノビッチ将軍を中心に、数名の側近達がコンピュータの前で四苦八苦している。
 状況は最悪。突撃してきたムカデ列車を皮切りに、基地内に進入してきた得体の知れない化け物どもによって、軍人の殆んどがその命を落とした。
 いつか政府軍が政権を取り返しに来るだろうと予想はしていた将軍であったが、まさかこんな恐ろしい傭兵を雇ってこんな恐ろしい作戦を展開してくるとは、悪夢の中でも出てきたことは無い。
 悪夢なんかよりよっぽど悪夢で、出来ることなら今すぐに逃げ出したいくらいだ。
「ジュカノビッチ将軍! 施設内に進入した敵を排除しに向かった全ての部隊から、連絡が途絶えてしまいました!」
「監視カメラの映像からは、敵がこの司令室に向かっているとの事ですっ」
 報告される全ての物は最悪なことばかりで、将軍は頭を抱えることしか出来なかった。
「まるで悪夢でも見ているようだ……。何故だっ、何故こんなことになってしまったのだ!」
 叩き落される戦闘ヘリ・蘇った死体たちの悪夢のような共倒れ・おぞましい姿の列車、此処は地獄か何かかと勘違いしてしまいそうな現状。
 逃げ場など無い、何故なら此処は魔女の釜の底だから。
 ジュカノビッチ将軍はとにかく残存する勢力に撤退命令を出そうと立ち上がるが、ちょうどその時部屋のドアが勢い良く開かれる。そしてその向こうから、閃光グレネードが投げ込まれた。
「閃光弾だっ!」
 視界を奪う眩い光りが、部屋中を真っ白に染め上げる。網膜を刺激する強い閃光と、鼓膜を麻痺させる強烈な爆音。
 眼が眩んだ幹部達は平衡感覚を失い、机などを頼りにその場に崩れ折れた。
 だがそこに、容赦無く銃声が響き渡る。
「敵襲だ、伏せろ物陰に隠れろ!」
 時は遅く幹部達はあっけなく銃弾に体を蜂の巣にされ、盾にした薄い机も一瞬でウッドチップに成り果てる。コンピュータの液晶ディスプレーは粉々に砕け散り、各種無線機器は悲鳴を上げてスクラップになる。
 真っ先に机の影に隠れて難を逃れた将軍は、銃を取って銃撃が止むのを冷静に待っていた。
 しばらくするとその銃撃も止み、室内の確認をすべく足音が彼に近づいてゆく。
 深呼吸を一つすると将軍は、机から飛び出してハンドガンをそいつに向けた。
 そこに立っていたのはヘルメットなどしていない赤毛の女性。
 サラ=ジェンドリンが軽機関銃片手に立っていた。
「銃を置いて床に伏せろ、撃ち殺すぞ」
「………私の街は空襲で焼かれ、家族の家も燃えて落ちました」
 将軍の言うことを無視し攻撃の素振りを見せないサラに、将軍はためらい無く引き金を引いた。
 発射された銃弾は見事彼女の眉間に風穴を空け、衝撃で体のバランスを崩したところを何度も何度も撃ち続けた。
 見たところ人間だが構わない、撃って撃って撃ちまくる。血飛沫が将軍の顔面を赤に染めた。
 そしてついに、サラは仰向けに倒れた。
「はぁ……あぁっ、死んだか。一人で突撃してくるとは、正気かこいつは」
 一安心してサラの死亡を確信した将軍は、まもなく来るであろう侵入者を防ぐためにドアを閉めようと机の陰から出て行く。
 転がっている女の死体を横目に、殺された部下達の死体を踏まないように歩く。
 しかし次の瞬間、サラはパッチリと眼を開けて将軍の足目掛けて銃を撃った。
 銃弾は彼の両足アキレス腱を引きちぎり、脹脛を貫通してその場に倒れさせる。血だらけのサラはのっそりと起き上がり、将軍の下へ詰め寄った。
「男手一つで私を育ててくれた父親は、倒れてきた材木の下敷きになり怪我をして働くことができません。まだ中学生の兄妹が2人居ますが、全員を養うにはお金が足りません」
 ――殺される、それも逃がさないようにじっくりと。
 そう危惧して負傷した足を引きずって後ずさる将軍だが、それを止めるようにサラは彼の腰の上に馬乗りした。両足が女の尻にしかれて動かせず、将軍は身動きが取れない。
 そんな彼にサラは話をする。
「全てあなた達の所為です、全て……あなた達が奪っていきました……」
 気がつくとサラの体に開けられた無数の銃創は跡形も無く消えている。彼女の頬には血ではない何か、あふれ出るのは涙だった。
 将軍から見れば全く理解できない言動、自分を殺そうとしているのにそいつが泣いているのだ。
 サラの右腕に付けられた腕章を見て彼はすぐに分かった、彼女はセルビア人で共和国軍の攻撃を受けた借りを返そうとしているのだと。
「セルビアの女兵士よ、革命に犠牲は付き物だ。お前達セルビア人と違って我々モンテネグロ人は――」
 民族云々の話を解こうとする将軍の口に、サラはそれを遮るように銃口を突っ込んだ。
 喉の奥に銃口が入り込み、このまま撃たれれば確実に死ぬ。だが引き金に指をかけずに、彼女は言った。
「私はあなたが憎くてたまらない、だけどこの銃弾に恨みは込めません。何故なら私は傭兵だから、金をもらって人を殺す、傭兵だからっ……」
 そう言って彼女は銃口をさらに奥へ突っ込ませ、指も引き金にかけて何時でも撃てるようにした。
 一層もがく将軍だが、全くの無駄である。
「あなたを殺して貰ったお金は食費・光熱費・水道代・保険料・学費・借金返済、主に明日の晩御飯に使う鶏肉に換わります」
「あええうれっ、おろららいれるれ!(止めてくれ、殺さないでくれ)」
 こんな状況でも命乞いをするとはなんと愚かなことだろう。そんな愚かな将軍にサラは作り笑いをして見せる。
 しかし彼女は手動で銃の次弾を装填し、引き金に手をかけた。
「心配しなくて結構です。あなたの名前は我が家の家計簿にしっかりと書いておきます、収入として!」
 次の瞬間、彼女の頬に溜まった雫が滴り落ちると同時に、引き金が引かれて将軍の頭を銃弾が貫いた。
 
『敵勢力は降伏、目標は達成しました。状況は終了、繰り返します、状況は終了しました――』

 ポドゴリツァの街は静けさに包まれ、空に浮かぶのは真っ赤に燃えるような夕日。肌寒い風が吹き始め、夜の到来を予感する。
 それは全ての終わりを意味しており、この場所も再び元の姿へを戻りつつあった。
 午後14時をもってクーデター軍は政府軍に降伏を宣言し、隊員は全員武装解除で状況は終了。
 政権は元の政府に譲渡され、軍国主義になりかけていたモンテネグロ共和国に再び民主主義の風が吹くだろう。
 RHK隊員は政府軍の人間と共に、拘束したクーデター軍兵士が逃げないように見張ったり、避難した市民を帰宅させるために誘導を行ったり。
 そして敵本拠地を落としたエンプレスソード隊員は、一足速く帰宅するために空軍基地内で迎えのヘリを待っていた。
「エンプレスソード隊発見。バトラー、降下して」
 執事の操縦する輸送ヘリが高度を下げ、ルミナス自ら臨時の作戦司令部よりヘリで隊員たちを迎えに来ている。初めての作戦で疲れ果てた功労者達を、自分自身で迎えにいってあげたいのだ。
 ヘリはゆっくりと基地敷地内に着陸し、地面にそれが着くや否やルミナスは隊員の下へ駆け出した。
 手を振って迎える彼女に、隊員たちは安堵の表情を浮かべている。
 一人を除いて。
「ルミナス」
 ヴァンがドスの聞いた声でルミナスの名を呼ぶと、彼女の胸倉を掴んで顔を近づけた。
 彼の顔は今までになく恐ろしい形相をしており、ただでさえ鋭い魔眼が真っ赤に光って彼女を睨みつけている。突然の出来事に唖然とする隊員たちと、当人のルミナス。
 何が不満なのか、大体の予想はつくのだが。
「報告は聞いたか? 負傷者20名、比率にすると20パーセントの隊員が負傷した。完璧主義者の俺は納得できない。あの時ソルジャーマゴッツで敵を皆殺しにしておけば、もっと安全確実に作戦は遂行できたはずだ。違うか?」
 ソルジャーマゴッツによって操り人形となった敵兵の死体を止めた後、再び地上部隊のRHK隊員は交戦状態となった。
 エンプレスソード隊が基地内に進入して戦っている間、その時に負傷者が出てしまったのだ。
 ヴァンの考えたとおりの作戦で行けば、確かに負傷者は減っていただろう。
「何故お前は止めた。お前ら人間がどうなろうと知ったこっちゃないが、仲間の命と敵の命とどちらが大切か言わなくとも分かるだろう」
「何故そこまであなたは非道なの、何故あなたはそこまで残酷にしたがるの?」
 ヴァンの強い物言いに動じず、ルミナスも必死に反論した。何故彼が此処まで非道で残酷にするのか、魔王とはいえ納得できない。
 そしてヴァンは呆れたように大きくため息をして、まるで自分より遥か格下に話すような口調で言った。
「何故俺が非道で残酷でしょうもないかって? 全員俺の話を聞け、ちょっとしたお話をしてやる」
 彼はルミナスの胸倉を掴んだまま、ここに居るすべての人間に対して話を始めた。
 それは1500年前のこと、魔王ヴェーデルハイムの支配する魔界で大規模な飢饉が発生した。
 苦しむことなど考えられないような恐ろしい魔物達が、次々に命を落として行ったのだ。
 彼等の主食は人間の怒り・悲しみ・恐怖・絶望・殺意・嫉妬などの負の感情であり、丁度その頃人間達は科学技術・宗教の発達によって負の感情が薄れてきていた。要するに幸せすぎたのだ。
 原因はまさしくそれだった。これを解決すべく、王であるヴェーデルハイムはある決断を下す。
 それは一時的な人間界の支配。
 魔王はその強大な力を持って人間界のヨーロッパ全域を支配し、億千万の魔物で村・町・国を襲って恐怖のどん底へ陥れる。そうすれば人間は再び悪魔の存在を認め、恐れる感情を思い出すだろう。
 計画は大成功、恐れおののいた人間達から発生する負の感情で、魔界に再び食料が安定供給された。
 その支配も長く続けるつもりも無く、丁度撤退するために魔界へ魔物達を送り返していた時に、手薄になったところを勇者にヴェーデルハイムは封印されてしまったが。
 だがそれ以来人間達は悪魔や得体の知れない化け物がトラウマ並に恐れるようになり、魔界は元の姿に戻ることができた。
 魔族とて食料無くして存在しない。
 恐ろしい姿をしているのも、人をたぶらかして奈落に落とすのも、すべては自分が生きるための生命活動なのだ。
「涙と血液のみが我等の喉を潤し、断末魔と泣き叫ぶ声だけが心を癒してくれる。人間が美味な料理を食べたいと思うように、我々魔族はより人間を苦しめたいと思うのだ。そしてそれをお前達は止めた、我々の食事の邪魔をしたんだ!」
 いつもへらへらとしている彼とは打って変わって、今は何時に無く真剣に話をしていた。
 自分がいかに真剣に人を苦しめているのかを、その理由を力説する。ルミナスは衝撃的な真実に言葉も出なかった。
 しかし彼女は思った、彼等の事情がどうであれ、彼等を好きなようにさせたくはないと。
「――言いたいことはそれだけですか?」
 ルミナスは恐ろしい魔王を目の前に、そんな言葉を言い放った。
 彼等が何のために苦しめていようが関係ない、彼女は自分の信じた自分の考えを否定したく無いのだ。
 悪魔に道徳は解けない、だが論理なら通じるはず。
「反論するつもりか、これほどの理由を並べても」
「言わせてもらいますが何故あなたに非人道的行為をさせたくないかと言うと、人間の隊員たちがそれによって士気が低下し作戦遂行に支障が出るからです」
 事実ソルジャーマゴッツを使った作戦をやめさせるために、サラ・ヨハネスの2名はヴァンに銃口を向けた。
 人間達の考えでそれがたまらなく不快に思えたために、事はスムーズに運ばない。これはある意味作戦遂行に支障が出ると言うことであり、ルミナスはそれを示唆しているのだ。
「あなたの行動は作戦の進行に悪影響を及ぼします。魔族は人間と食する物が異なるとしても、戦闘中に豪華なケーキを楽しむ馬鹿は何処にいますか? 最小限の殺戮で我慢しなさい、贅沢は敵です」
 魔族の食料が負の感情だろうがなんだろうが、戦闘中である限り贅沢は許されない。恐怖を糧とするならば、人間が死に際に感じる恐怖を食らうだけで十分だろうと考えたのだ。
 この論理的な意見を述べるルミナスの胸倉を、ヴァンは思わず離してしまう。彼は悔しそうに顔を歪めるが、すぐさまいつもどおりのニヤケ顔に戻る。
 王女ルミナスは魔王ヴェーデルハイムを論破した。
「わかったよまったく、お前は恐ろしい奴だ」
「次回作戦時からはこのような作戦を取る場合は私に確認を取ってください。私が必要であると判断した場合のみ許可します」
 いつかどうしようもない状況に陥った時は、残酷な手を使わざる終えないことをルミナスだって分かっていた。
 これが矛盾していると言うことも分かっている、人を殺すと言うことは最大の理不尽であるから。
 ただすべての業は自分で受け止めたいと、彼女はそう思っていた。
 ただでさえ暮れていた空がさらに色を濃くしており、うっすらと月が雲から覗いている。話を黙って聞いていたサラが、どうにか話の流れを「帰ること」に持っていこうと手を叩いてみる。
 その場にいる全員が彼女のほうに顔を向けた。
「あの――、とりあえずもう帰りませんか? ほら、お腹もすきましたしー……」
 ニッコリと笑ったその笑顔が何処と無く場違いな気がするのだが、全員快く頷いてヘリに乗り込み始めた。
 ヴァンも思わず口元をニヤケ顔とは違う緩ませ方をしてしまう。
――帰ろう、ベオグラードに。
 今日の仕事は、これで終わりだ。

「ああ、そうだ。サラ、お前の体にソルジャーマゴッツのベルゼブブが寄生したぞ」
「え?」
 気の抜けた返事をするサラの首筋から、白くて少し大きめな幼虫が顔を覗かせている。
 それはソルジャーマゴッツのリーダー格である悪魔、蛆の王ベルゼブブであった。
「はじめましてサラ、私はハエの王ベルゼブブ。あなたの肉はとてもやわらかくておいしいので、今後ともよろしくお願いしますわぁ」
 丁寧にもその蛆虫は体を曲げてお辞儀までしてくれてる。
「蛆虫は腐った細胞組織だけを選んで食べてくれるから、ゾンビのお前はこれで防腐剤要らずでグッドだな」
「い、いやぁあああああああああああああ……」素っ頓狂な声を上げて絶望するサラであった。
 彼女の受難はまだまだ続く。