The Plastic Eraser

 記憶の彼方に残るは、守れなかった少女の瞳。
 身を挺して守ろうとしたが、その身もろとも失った。
 肉体を失い、守るべき者も失った彼だが、
 意志だけを礎に、再び戦場へその身を投じた。
 
 全身を消しゴムにして。
 
「――作戦の概要は以上だ。おい、聞いているのか?」
「しっかりと聞いていたぞ、主任」
「これは神が与えてくれたチャンスだよ。今日は新製品であるお前のプロモーションのために記者会見を開く予定だったが、まさか行き先のシップがダーカーの襲撃を受けていたとはな」
 宇宙時間1020時、アークスシップ16番艦「キャンバス」がダーカーの襲撃を受けた。ダーカーの勢力は不運にも市街地へと侵入し、すでにアークスが駆けつけているが苦戦しているとの報告があった。
「君が体を失った時も、同じくアークスシップが襲われた時だと聞くが……すまん、記憶を失ったのか」
「いいんだ、確かに記憶は失われたが意志だけはこの胸にある。愛する人達を守り切るという意志が」
「そうだ、君は身を削る覚悟で戦え。君は既に人間ではない、その名前はプラスティックイレイザー”MONO”。我らがトンボ鉛筆が社運をかけて作り出した、最強の人型戦闘用文房具だ!」
 青と白と黒の戦士、彼の名前はMONO。トンボ鉛筆が開発した人型戦闘用文房具(Humanoid Battle Stationery)である。彼は以前からアークスとして任務にあたっていたが、戦闘で肉体の9割を失った。しかしトンボ鉛筆との契約を結んでいた彼は、全身を文房具化することで再び戦場へ舞い戻ったのだ。
 MONOは小型艇から降下し、阿鼻叫喚地獄となったアークスシップ市街地へと舞い降りた。周囲は既に甚大な被害を受けており、ところどころは火災となっていた。市民の9割は避難を完了したとの報告があったが、すなわちそれは全員の避難は完了していないということだ。
「これは君の、アークスへのプロモーションも兼ねている。今日の働き次第でお前がスクラップになるか、正義のヒーローになるかが決まる。行け、プラスティックイレイザーMONO! 身を削り、悪を消せ!」
「ああ、出勤する!!」
 MONOは煙の立ち込める市街の奥へと走りだした。
 目の前に現れたのは小型のダーカーであるダガンが数十体。むき出しのコアを狙えば一撃で葬り去ることもできるが、一度に湧く数が多いのでいちいち狙っていられない。そこで最適な武装を選択する。
『パルチザンゴム、装備』
 一度に複数の敵を相手にするときは、パルチザンの対多数PAが有効である。大げさな動きで翻弄しつつ、ダイナミックな振り回し技で次々とダガンを沈めていった。すると目の前にもう少し大型のダーカーが現れた。プレディカーダだ。高い知能を持ち、目にも留まらぬ素早い動きはまるで瞬間移動である。
『ナックルゴム、装着』
 リーチは短いが威力が高く、素早い動作を可能とするナックルを装備した。その選択は正しく、瞬間移動で接近してきたプレディカーダを、その瞬間で粉砕してみせた。驚くべき威力である。
「素晴らしい! フォトン含有ゴムがここまで有効だとは! 圧倒的威力ではないか!」
「はしゃぐのはいいが主任、でかい反応が近づいてやがるぜ」
 空間振動を察知。目の前にワームホールが出現し、巨大な4本足のバケモノが現れた。あらゆる惑星でなんの兆候もなく現れる大型ダーカー、ダーク・ラグネである。
「ラグネか、計測されるエネルギーから察するにVH級と見える。一筋縄では行かないぞ」
「ああ、待てよ。人間の反応もあるぞ!?」
 周囲を見渡すMONO。その視界には足を怪我して逃げ遅れた少女の姿があった。そして不運にも彼女の泣き声がラグネの注意を引いたらしく、ラグネは少女の元へと向かってしまった。MONOはすぐさま少女の元へ飛び込み、彼女に覆いかぶさる形で守った。そこにラグネの無慈悲な一撃が与えられる。
――あの時、守れなかった俺とは違うんだ。
 MONOの背部にラグネの一撃が直撃した。通常であれば死んでもおかしくない重症を負うはずだが、彼は既に人間ではない。新開発の特殊合成ゴムが、あらゆる物理衝撃を吸収するのだ。
「ボディ損傷率1%未満! 自動修復上限に遠く及ばない数値だ」
 MONOは少女を抱きかかえてラグネから遠く離れた場所に彼女を降ろした。そして彼はラグネに一人で対峙する事になった。
『ソードイレイザー、装備』
 眩い青の刀身が明日の青空を象徴する美しい大剣、ソードイレイザー。トンボ鉛筆が技術の粋を尽くして作り上げた対ダーカー用特殊ゴムにより、圧倒的な消去性能を誇るソード型消しゴムだ。
 トンボ鉛筆が発見したフォトンとの合成ゴムのダーカーに対する消去性能は、全くの偶然から生まれた。
 あるアークスが絵画を趣味とする人間で、向かった惑星でウォールアートをしようと鉛筆と消しゴムを持っていったらしい。そこで下書きを書いているところ、運悪くダーカーに遭遇した。その時にふと新製品であったフォトンゴムをダーカーに投げつけたところ、何故かダーカーが消滅したということだった。この報告を受けたトンボ鉛筆は試験的に対ダーカーとしても使える消しゴムを発売。全く売れなかったが、その教訓を活かして性能を特化したのがこのソードイレイザーである。
 しかし一つだけ問題があった。
「MONO、まだソードイレイザーは最終テストを終えていない! 今使うのは危険だ!」
「持ちえる力を使って後悔するよりも、使わずに後悔することだけはしたくない。今この瞬間を最終テストとする。お前も一社員なら信じろ、己が勤める会社の仲間を!」
 目にも留まらぬ速度でラグネに接近。ソードの柄で右前足を砕き、ラグネを転倒させる。その隙を付き、ソードイレイザーにフォトンを加給しオーバードライブする。刀身のフォトン濃度が上昇し、巨大化した。
「喰らえ! 特殊ゴムオーバーエンドォオオオオオオ」
 肥大した刀身がラグネのコアに触れた瞬間、光属性フォトン特有の眩い光がほとばしる。その強大なエネルギーはコアをみるみる削り取り、完全に消滅させてしまった。対してソードイレイザーの刀身にも強大な負荷がかかり、特殊ゴムの刀身が摩耗して角が取れていた。
「本当にやってしまうとは……。ソードイレイザーの耐久性には改善の余地がありそうだな」
 シップ内の警報が鳴り止む。ダーカーの殲滅が完了し、新たな勢力も無くなったようだ。MONOはソードイレイザーを解除し、助けだした少女の元へ歩く。彼女は足を怪我しているようなので、近くの救護班がいるところまで連れて行く必要がありそうだ。
「背中に乗って。お母さんのところまで連れて行ってあげよう」
「うっぐ……ひっぐ……ありがとうキャストさん。なんて名前なの?」
「俺か? 俺の名前はプラスティックイレイザーMONO、消しゴムだ」
 かくしてトンボ鉛筆のファーストプロモーションは成功を収めた。MONOの活躍が認められ、正式にアークスへ採用されることになった。
 しかしこれは壮大な陰謀への幕開けでもあったのだ。